ビッグデータから学ぶ、飛び込み営業の極意@トグルという物語/エピソード11
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手紙「あなたの土地を一億四千七百万円で買います」
伊藤:私たちのスタッフが訪問先で、どう振る舞えばよいか。そのオペレーションを確認するために現場に行って、私が訪問営業をしてきました。そのときの話です。まず、訪問先がその対象地なのか、そうではないのかを現地で判断する必要がありました。これは、専門性を持たないスタッフにとって極めて難易度が高い仕事です。次に、仮に地権者と話すことができた場合です。その会話の材料として、訪問先ごとに具体的な金額を提示することをいま試しています。
S:具体的な金額を提示することとは?
伊藤:たとえば「あなたの土地を一億四千七百万円で買います」という趣旨の手紙を渡しているんです。
伊藤:手紙を渡すことで「この手紙は何ですか」「この金額は?」という話に発展することを狙いにしています。ところが、そのあとにトグルのスタッフが何を会話するかが設計されていませんでした。実際に私は何を会話すればいいか、わからない状況に陥りました。つまり、会話のスキルを持たないトグルメンバーと私は、同じ状態ということです。
S:「この手紙は何ですか」「この金額は?」という話のあとに、伊藤さんが何を話したらいいか、わからなかった。そういうことですか?
伊藤:そうです。会話のオペレーションが設計されていませんでした。いわゆるビジネスでのコミュニケーションに私は困りませんが、自分のプライベートで見ず知らずの他人に声をかけ、臨機応変に会話を発展させるのは苦手です。そういう意味で私は、今回の施策の被験者として最適だと思ったんです。ノンスキルの私が、飛び込み営業をして、地権者と話を最後まで進めることができるか。進めることができれば、オペレーションは設計されていることになります。
S:設計されていた?
伊藤:いえ。
S:金額を提示したあとに伊藤さんは何を話したらよいか、わからなかったから?
伊藤:そうです。それはオペレーションの未設計を意味します。
S:未設計であることに伊藤さんは、どう反応したんですか?
伊藤:トグルのメンバーに尋ねました。オペレーションの設計は、どうなっているかと。
S:返事は?
伊藤:「いや、それは、まだ(設計は)されてません」という回答で。「他のことやっていて」「リソースが足りない」のような話でした。
S:それを聞いて伊藤さんは、どう思いましたか?
伊藤:「この会話の設計は30分で終わる」「30分もミーティングすれば一つの筋書を作ることはできる」「それを試してダメなら、違うオペレーションを試せばいい」そういうことなのに、そうしていないなと思いました。同時に感じたのは、仕事というハードルがあったとき、その高さ設定が甘い、ということでした。一度、自分で設定したハードルの高さに対して、それを今の自分は超えたのか、超えていないのか。その繰り返しができていないとも感じて。つまりは、そのハードルの高さを上げることをしてほしいという要望を私は、メンバーに伝えました。
S:「ハードルの高さを上げてほしい」をもう少し解説してください。
伊藤:どうしたら一つの打ち手から最大効果を得られるか。これをしっかり考えてほしい、ということです。考えることには他人のリソースを必要としません。自分のリソースを使うだけ。それなら、考える。だから「考えてください」と。加えて、考えるときに重要なのは閾値という概念です。
S:閾値とは?
伊藤:ある値を上回ったり下回ったりすることで、何かの出来事が起こるとします。その出来事が起こる基準値のことです。これを閾値と呼びます。さきほどの会議では、降水確率の話を例に挙げ、メンバーに説明しました。仮に降水確率が五十パーセントの場合、四十九パーセントまでは曇り、これを超えたときに雨が降り出すと予測します。この場合の仮説は「雨が降るであろう閾値は、五十パーセントである」です。何かの出来事が起こるときとは、閾値を超えたときであると考え「人間の感情が動くときにも閾値がある」そう仮説を立てます。これを飛び込み営業に置き換えます。
伊藤:たとえば、営業トークが相手に刺さる、ということの閾値が五十点だとしましょう。この場合、四十九点のことを一千万人にやっても、営業トークは誰の心にも響きません。五十一点になり、閾値を超えた打ち手を一千万人にやって、一万人の人が購買に動くというようなことが起こるわけです。サービスを受けたい、という気持ちに人がなることにも、同じようなことがいえます。つまりは、閾値を超えるような仕事のやりかたをする、そういう発想、意識を大切にしてほしいとメンバーに伝えたんです。そういう営業活動をしないと、いつまでたっても人の感情は動かないと私は考えています。
S:ブレイクスルーポイント、臨界点みたいなところがある、ということなんですね。
伊藤:そうです。
S:飛び込み営業の閾値に、今のところの仮説はあるんですか? こんな営業トークをすると閾値を超える、ような具体策というか。
伊藤:ありません。それは繰り返すことで初めてわかります。たとえば会社紹介をする、自己紹介をするみたいなことですね。そこを仮の値とし、繰り返すことで、何か出来事は起こるのか。人の感情は動くかを確かめるしかありません。玄関のチャイムを押し、自分をまったく知らない人に対して、自己紹介では出来事が起こらない、相手の感情が動く様子がないなら、価格を提示をしてみる。それで変化はあるか。そうした行動をたとえば五千件、繰り返すことで何か差は生まれるか。生まれた差は意味になり、それが「閾値を超えたピンポン」ということになります。
S:その意識を持って、効果測定と検証を繰り返すと。
伊藤:意識を持って繰り返すだけ、ということでも不十分で、そこには細心の注意が必要になります。
S:細心の注意とは?
伊藤:人は主観的なので、記憶を捏造する生き物でもあり、ここでもポイントはメタ認知(自分を客観的に見ること)だと思っています。
(つづく、エピソード12へ)