『保田與重郎文芸論集』抄①
目指しているのはこうした文章、あるいはこうした文章にあらわれる視座や心持である。今の世においては、速度の要求に抗い、見聞することどもを情報としてではなく経験とすることが必要だと感じる。経験とは対象を風景で捉えることと、ものを対象化せず物我一体となるというか、ものに深く分け入っていくこととの往還が不可欠だろうと思う。それを欠いた営みは、そつがなく、舌を巻くほど手際の良いものだとしても、結局のところ至るのは空虚にすぎない。
目指しているのはこうした文章、あるいはこうした文章にあらわれる視座や心持である。今の世においては、速度の要求に抗い、見聞することどもを情報としてではなく経験とすることが必要だと感じる。経験とは対象を風景で捉えることと、ものを対象化せず物我一体となるというか、ものに深く分け入っていくこととの往還が不可欠だろうと思う。それを欠いた営みは、そつがなく、舌を巻くほど手際の良いものだとしても、結局のところ至るのは空虚にすぎない。