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パピコのひとつとボクらの全部 #シロクマ文芸部

12月。パピコの残り1個をどうすれば良いのか、僕たちはまだわからない。


8月。
真っ直ぐに瞳を覗き込んでくるそのクセを直した方がいい。
僕は常々そう思っている。
どう考えても勘違いしてしまう。

このジョシはボクに惚れているのではないだろうか?

なんのことはない。そういうクセの持ち主だから、誰の瞳のことも平気で覗き込み、懐かしい香りで僕を刺激したあと、あざとい笑顔を向けて言い放つ。
「あんた今、嘘ついたでしょう?」

「嘘ってなんだよ」
「いいな花火、って。全然いいなと思ってないくせに」
「思ってるよ、みんなで花火、みんなで浴衣、青春、正しい男女交際がしたくなる」
「うわー馬鹿にしてる、ちょっとミスズ、ダメだよあんた、この手のタイプの男は」

「え、え、え」
向かいでミスズが小さく動揺したあと、
「ノリちゃんやめてよ、そういうニュアンスで話すの!」
と言って僕から目を逸らした。
こっちは全然瞳を覗き込んでくるどころか、薄いバリアを施している眼鏡が作用してうまく目が合わないのに、確信させるほど頬を染める。

このジョシ、ボクに惚れてるんじゃないかなゼッタイ。

なんとなく居心地が悪くなって、もう一度言った。
「嘘なんかついてないって。いいな花火。混んでるのが嫌なだけで、遠くから眺めるのがいい。音が遅れてくるやつ」

「はー? ドーーーンっていう迫力がいいんじゃないか! 降ってくるぐらいの距離!」
隣で、花火大会のポスターに食い入っているのはミチルで、どういうわけか僕の腕にぶら下がるようにして
「行こうよう!」と恋人繋ぎのように指を絡めてくる。
それで僕はお手上げのように空を仰ぐ。

このコもボクに惚れてるんだよなタブン。

ミノリとミスズとミチル。
この世のミラクル三つ子である。
「卵は別だから似てないのよ」
「地獄のような子育てをしたんだって!」
と、ミノリが当時もしていたであろうイタズラを、今しがた成功させたみたいに笑って言っていた。

暑い夏だった。
終わらない夏休み、塾へ行く道の途中のコンビニの前で、3人と出会った。
「パピコをふたつ買って、一本余ってるの、食べない?」
声をかけてきたのはミノリで、その時も、彼女は瞳を覗き込むようにして、あざとく笑った。
同じ塾の子だと知っていたし、声が大きくて目立つ子だなと思っていたし、でもだからと言ってパピコを分けあうような間柄ではなく、むしろ初めて目が合ったので(というか覗き込まれたので)
「え」
と小さく動揺していると、
「ズルい! 白桃はあたしも食べたいのに! ラスイチ持って行かないでよ!」
「そーだよ、じゃんけんで負けた奴がホワイトサワー!」
とコンビニの自動ドアを出て来たミスズとミチルが口々に文句を言った後、僕を見て急に黙った。
「でも彼は、白桃がいいって」
ミノリは、「ね?」と僕に言う。
「あたしが彼に声をかけたんだから、あたしと半分こ。だから、あたしも白桃」
ミスズとミチルが不服そうに何か言いかけてから、
「まぁ、彼になら白桃を譲ろう」とお互い頷いていて、僕はこの世界でひとりだけ、状況が理解できていないような気分のまま、手渡された白桃味のパピコを吸った。


あの日からわずか3週間ほどだと言うのに、僕は妙に三つ子に懐かれて、お馴染みのコンビニでパピコを吸いつつ、そのガラスに貼られたポスターを見ながら、残り少ない夏休みの終了日に開催される花火大会に行く行かないの話をしている。
3人は、僕の1番好きなパピコのチョココーヒー味が苦手だと言うので、僕に味の選択権はなく、常にあるホワイトサワーと期間限定の何を買うかでいつも揉めている。ふたつとも期間限定のフレーバーにしたらいいのにという僕の案はどうしてだろう、毎回却下される。

「じゃあ、少し離れたところからでいいから4人で花火見に行こうよ」
さっきまで頬を染めて俯いていたミスズが、肩ほどの髪を耳にかけながら、意を決したように僕を見て言った。左手に今日勝ち取った濃厚グレープ味のパピコを持っている。
こんなに暑い日なのに、じっとりする様子もなく、限りなく爽やかに風にそよぐミスズの髪の毛は、まるで風鈴の音色を奏でているようなので、僕はパピコではなく、右耳に髪をかける仕草をする彼女の癖から、なぜか涼を得る。
「中学最後の夏休みだし、ね?」
ミスズは、その仕草の美しさを知ってか知らずか、右耳に手を添えながら照れくさそうに言った。

「えー、海浜公園まで行かないのー? じゃあさ、少し離れたとこってどこさ? 離れたところでも浴衣着るわけ? あ、ソウシは浴衣着るの? ボクとオソロにしよーよー」
ミチルが、僕の手をギュウっと握りしめたまま言う。手のひらがしっとり汗ばんでいた。
ミチルはボーイッシュなボクっ子なのか、はたまた正真正銘のボーイなのか、僕には分かっていない。
ミチルは猛烈な美男子に見える時と、美少女に見える時がある。ただ、僕の腕に平気で絡みつくその仕草が、なぜか不快ではなく、かといって下心が疼くというわけでもなく、何かしらのキャラクター感があるので、性別のことは今なおハッキリ聞いていない。まぁ、どちらでも良いか、と思う。
ちなみに、僕の前ではこんな様子だが、三つ子と僕以外に接する時は、ほとんど笑わず、その端正な顔をくずすことはない。長めの前髪からのぞく瞳はグレーかかっていて、背が低いのにちょっとシベリアンハスキーに似ているなと思う。本人は極度の人見知りだというけれど、あれは、心を閉ざしていると言っていい。そこがまたクールで素敵と、一部の女子にファンがいる様子だった。

「浴衣、面倒」
と切り捨てているのはミノリ。ミノリは水泳部でこんがりと小麦色に焼けた、元気と勇気と仲間たちが原動力のアンパンマンみたいな女子だった。水泳部を引退した後も、プールに足繁く通ってはひと泳ぎして塾に向かっているらしい。塾でも常に誰かと笑っているし、やたらと人懐っこい。塩素と日に焼けて赤っぽくなった茶色の髪の毛を、ポニーテールのように適当に束ねていて、その髪の毛に手入れが施されている様子はない。ミスズが風鈴のように揺れる髪の持ち主なら、ミノリのそれは、まさしく馬のしっぽか犬のしっぽで、嬉しい時ほどよく揺れている気がした。屈託なく笑って機嫌良く過ごしているミノリに、「だって考えてみてよ!」と言われると、ついそれが世の中を円滑に進めていく方法のような気がするので、パピコの期間限定フレーバーを手にすることが1番多いのはミノリだった。

「中学生最後、か」
空いている手で、パピコのホワイトサワーを吸う。
僕はもう中学校に戻るつもりがない。この夏休みでその計画を練っているところだった。
それなのに、気付けばパピコを吸って楽しく毎日を過ごす中学生になっていることに、妙な焦燥感と抗えない安堵感。
最後にこの3人と花火をみて、踏ん切りをつけるのは妙案だと急に思えた。
「いいな花火」
今度はしっかり言う。
いつもやっているのだろう息の合ったハイタッチを、3人がパピコを口に咥えながら同時にした。


9月。
花火が台風で中止になって、何の区切りも感じないままに夏休みが終わった。
中学校に戻ることをやめた僕は、ぼんやりと夏を引きずりながら塾だけには足を向ける。
ミノリが
「あんた学校行ってないんだって?」
とコンビニの前で待ち伏せるようにしている3人を代表するみたいに言った。瞳を覗き込んでくるその仕草は相変わらずで、その距離の近さに今日も一瞬息を呑んでしまう。9月だというのに、ミノリの髪からは塩素の香りがして、僕はうっかり楽しい夏に引き戻されそうになる。
どういうわけか、今日のミノリは、どこか悲しそうで、ひょっとしたら僕のために泣いてくれるんじゃないかと思えた。顔を上げると後ろの2人も同じような顔をしていた。
中学校の違う僕らにとって、3人が何に悲しんでいるのか、僕にはちっともわからない。
「ん」
とミノリから渡されたのは、コーヒーチョコ味のパピコで、誰が僕と分けたのだろうと咄嗟に3人の手元を見ると、今日は全員が同じ味のパピコを握りしめていた。 
思えば、パピコを余らせることなく分けあえたのは、この日が最後だったかもしれない。





続く

ーーー
いや…続くのかしら。
ちゃんと最後まで書きたいんだが。

白鉛筆さんが、夏に、「暇だから母校(note学園)にパピコ送りつけてカップル量産させよっか」と私が思いつきを口にしつつ鶫さんとお茶をしている、つぐとき(鶫&とき子)のクールビューティな絵を描いてくださいまして。惜しいことに、もう消去されてる呟きなのですが、喜び過ぎてスクショして、時々ニヤけながらまだ見てます。

それをきっかけに、パピコを使ってカップル量産させようと短編小説書く気になった8月。
だが全く暇がないまま下書きに放置した挙句、カップルどころか相手が性別不明を含む三つ子になってて、どうしたもんだろうかと悩む10月、やる気が起きず刺繍に走る11月。
そんで気がつけば12月が明日だった。

えええーーー……
2024のうちに出したいやん……

ということで、この際だからと、#シロクマ文芸部 さんのお題に無理やり絡むことにしました。
12月を加えることによって、なんだか話が長くなる予感になってしまったし、なんだったら12月に全然話が及ばないので、これはもう、雰囲気だけの反則な気もしたのですが、シロクマ文芸部さん、いつか参加したいとずっと思っておりましたので、ゆるく読んで頂きたく。


キャラクターってどうやったら立ち上がるのかしら?
と考えてたら、まあまず話が進まないまま下書きに話が溜まってます。
それからエッセイって結局なんなんだろう?
と思いながらエッセイもどきも下書きに増やしてまして。

考えてるだけではアウトプットができないので、小牧部長のお力を借りるのが一番いいのかなと、2025年のnoteのことを考えている今日この頃です。
どうぞよろしくお願いします!



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