「あきらめないで」母にアプリを、私に魔法を。
母から電話がかかってきた。
「写真撮ったら、植物の名前がわかるやつ、アレがやってみたいの」
ああ、なんか見たことあるね、そういうの。
世の中便利になったなーと思ったけど、使ってみたことはなかったから、「それ、なんて言うアプリだった？」と聞いてみる。
「Googleでね、写真撮ったらいいみたいなこと言ってたよ」
ほえー！そうか、Googleでいいのか、なるほどなるほど。
それで、Googleアプリのカメラで、家にあったカーネーションを撮って見たら、すぐに検索結果が出てきた。
わーすごい！へー便利！
母は、畑仕事が大好きで、花も大好きで、散歩がてら近所を歩くと、あそこの畑は立派だわーとか、はてあれは何を植えたんだろう？とか、この花の名前が思い出せないとか、そういやそんなことをよく言っていた。
こいつは、母にピッタリだ！よしきた！今すぐ使えるようにしようじゃないか！
「Googleアプリはある？」「違う違う、SafariからGoogle検索じゃなく、Googleアプリの方よ！」「いや違う、まずそっちダウンロード」「ん？青いマーク？違う違う、それじゃなくて、まずアプリ、四角い方の、そうそれ！…それじゃねぇな！いや一回それは閉じて！いや、閉じてー！」
でた、このパターン！
転勤族になってから、すぐスマホを使えるようになってもらった。もともとテレビのビデオ録画も出来なかった母だが、遠く離れた家族と繋がれるこのツールは、絶対に使いこなして欲しかった。
母は諦めなかった。諦めなかったけど、とにかく話が前に進まなかった。
あの時も、遠隔地からすったもんだしながら説明してたけど、最近じゃ、必要な機能は使いこなせるようになって、すっかり減ってた。
久しぶりにスピーカー越しにやいのやいのと説明する。
昔はこのパターンでよくイライラしたもんだけど、今は、私も歳取って丸くなったのか、ただただ母が面白い。
「さっきまであったカメラのマークがないのよー」「あれ？なんかクルクルして動かないよ」
そんなはずは無い、もう一度元の画面に戻ってみてよ、とさらに説明をしていたら
「もういいかな、これが絶対必要ってわけじゃないし」「あんたが帰ってきた時にでも教えてよ」母がちょっと面倒そうに言い出した。
このご時世でかれこれ1年以上会えていない。
今まで年に2回ほどしていた帰省が出来なくなって、次の帰省も全く見通しが立っていないじゃ無いか。
せっかくこんなに母にピッタリのアプリがあって、それをやってみたいと思っているのに。
「諦めないで！」
ついつい強めの口調になった。
「諦めないで！出来るから！」
気を取り直して、最初から説明をする。何故かどうしてもGoogleアプリにたどり着けない母。
諦めないで！もう一度よく話を聞け！
そう、それに同意、それは許可しない、そう、そこ！
多分、「諦めないで！」あの当時の真矢みきさんぐらい言った。
諦めないで。
あなたが出来ることを、今のあなたが面白いと思ったことを、世界が広がるのを、諦めないで。
なんだかもうアプリの範疇を超えて、切実に思った。諦めないで。
そういえば、娘にも。
机の上を毎日キレイに片付ける約束をしていて、今日は面倒だから明日やる、と言った娘に「諦めないで、今日という日を！」とミュージカル調に言ったら、なんだかウケたらしく、「今日諦めなかったよ！」と片付け終了後に笑いながら言ってくれた。
ついに母がGoogleアプリを手に入れた。
携帯越しに「わー本当だ！写真撮ったら出てきたわー！どれどれ」
さっきまでの面倒そうな声が一転、はしゃいだ声に変わった。
しばらく、父と散歩の際は、数歩歩いては写真を撮って父に自慢するのだろう。「見てこれ、お父さんこの花の名前、わかる？」
きっと父は「全然前に進めねーわ！」と苦笑いする。
近所のおばちゃんにもきっと教えにいく。得意になって「あんたの携帯でも出来るから！」そこでまた、あーだこーだと盛り上がる。
近くにいなくても分かる。母がこのアプリを使いこなして、はしゃぐ姿が目に浮かぶ。
母の世界は、またちょびっとだけ広がったはずだ。
諦めない。
生きることとか、人生の目標とか、そんな大それたことじゃなくていいんだよね。
たった一個、アプリを入れること。
小さな机の上を片付けること。
それもじゅうぶん、諦めないで頑張れたこと。
あとから、夫とか父がいる時に、画面を見せながら教えたらもっと早かったかしらん？と思ったけれど、やりたいときが頑張り時よね、と考え直した。
とにかく母は諦めず出来たんだから、拍手！
そうだ私も、夕飯の支度を、30分で終わらせよう！
諦めなければ出来る出来る♪
諦めない。
しばらく魔法の言葉にしてみようか。
緊急事態宣言で、ちょっぴり鬱々していた自分に、なんとなく、母からエールを貰った気がした。諦めないで、毎日楽しくすごすぞっと。