言の葉の箱
「もしもし、あ、あの、雄太郎くんいらっしゃいますか?あ、私、同じクラスの…」
学校では、どうしても渡せなかった。
全然1人になってくれない。
体育の時に机に忍ばすことも考えた。
だけど、授業を抜けるわけにもいかなくて、教室に誰もいない瞬間なんて狙えなかった。
昼休みに、「ギリだよーん」と言いながら、雄太郎くんにチョコを渡すクラスメイトを発見。
…本当に義理なのか!?
それにしてはデカくないか!?
受け取る?…あー受け取ったーー!!
なんということだ、絶対喜んでいるーー!!
古舘伊知郎が私の頭に降臨する。
私もあのノリで渡せばすんなり受け取ってもらえるだろうか?
いや、無理だ…
ゴリゴリの本命なのだ。
凄まじいオーラを出してしまうこと間違いなし。
この熱い気持ちで溶けるかもしれないチョコを鞄に入れたまま、部活へ行く。
テニスの顧問まで熱い。
「おいお前ら、次は最上級生になるんだぞ!そんなボール返してて、新入部員に示しがつかねーだろー!!ボールに食らいつけー!!」
先生、今日食らいつきたいのは、雄太郎くんのハートです。
ようやく部活を終えた頃には、あたりは暗くなり始めていた。
「チョコ渡せた?」
帰り道、やっとゆっくり話せると前置きをして、同じテニス部のまさみが聞いてきた。
「いーや、渡せなかった」
「え、私は渡したよ!」
「うそ、いつの間に!?」
先週末の部活終わりに、まさみと一緒にチョコを手作りした。
まさみは、もうすぐ卒業する川上先輩に向けて。
「ついでに卒業式の第二ボタンも予約したんだー」
「え、それで、くれるって!?」
「うん、くれるって」
日も沈みかけた暗い道、それでもまさみの頬が赤く染まっているのがはっきり分かった。
「い、いいなぁー!!えー、私も渡せば良かったー!!」
「渡しなよ、絶対渡した方がいいよ!今から電話しようよ」
それで私たちは、人のあまり通らない、公園の横にある電話ボックスを目指した。
実は、電話番号は頭に入っている。
何故なら、2年生の初めの頃は、雄太郎くんととても仲が良かった。軽口を叩き合って、何かの用事で電話もかけた。
中学生のあの当時、覚えやすい番号なら、数回で覚えられたし、こんなに好きになってからは、かけられもしない番号を、何度も指でなぞっては、受話器を戻した。
軽口を叩けなくなったのは、これは恋かと意識し始めて、おそらく彼も同じ気持ちで、その2人の出す空気感が、クラスのおちゃらけたやつによって指摘された時だった。
「お前ら付き合ってんじゃねーの?」
顔から火が出そうになった私は
「そ、そんなわけないじゃん!全然好きじゃないよ!」と大きな声で否定をし、彼もまた「ちげーよバーカ!」と否定をして、お互いを大きく傷つけた日からだ。
あの日から、全く話せなくなった。
傷ついた、傷つけた。
こんなに好きなのに、なんで否定をしたんだろう。
あの時「関係ないでしょう?羨ましいの?」と言い返せたら、今もまだ、仲良くお喋り出来てるだろうか。
それでも、中学生の幼い私は、そんな上手な返しは出来なかった。
「テレカ持ってる?」
「あるよ、全然使ってないやつ」
「じゃ、大丈夫だね!」
まさみは、頑張って!と言って、電話ボックスを閉めた。
深呼吸をする。
電話をして、まず呼び出して、チョコを渡して、それから告白しよう。
頭の中で言葉を整理する。
どうか、本人が出ますように…!
電話に出たのはお母さんだった。
ああ、こんな日にクラスの女子から電話、内容はバレバレだ。
「雄太郎ー電話ー!お、ん、な、の、こ」
はしゃいだ調子の声で彼に引き渡される。
「いいからあっち行けよ!…あ、はい、もしもし?」
怒っているような話し方だ。
「あ、私、とき子…あの、渡したいものがあって、今から家、出れる?」
「…あー、ごめん行けない」
一瞬、電話ボックスの明かりが消えたのかと思った。
ピピーッピピーッと、テレホンカードが吐き出される音にハッとする。
「どうだった!?」
まさみが、弾んだ声で電話ボックスを開ける。
「あ、いや…家出るのもムリ…って…」
「え」
もしかすると、あの日のことを、雄太郎くんも後悔しているかもしれない。
またお喋りしたいって思ってくれているかも。
心のどこかにそんな気持ちがあった。
受け取ってもらえると思っていたし、もしかしたら、喜んでもらえるかもしれない。
赤く染まったまさみの頬は、まるで予告めいて見えていた。
私もきっと、同じ顔をして、まさみに報告するんだわ。
しかし、現実は、電話ボックスの蛍光灯に青白く照らされる青白い顔の私。
渡すはずのチョコの赤い包みだけが、バカみたいに浮かれて見えた。
「…大丈夫…?くそー、雄太郎のやつめ!」
まさみは大きな声で文句を言ってから、私の背中をポンポンッと叩いた。
その刺激なのか、突然ボロボロッと涙が湧いてきてびっくりした。
「雄太郎のやつめー」私もそう言いながら涙を拭って電話ボックスを出る。
「あ、チョコ」
「あ、チョコ」
振り返ると、青白い空間に照らされた緑の電話が、浮かれた赤い包みを頭に乗っけていて、その間抜けな様に2人で笑った。
「カードだけ抜いとこ」
私は、もう一度電話ボックスに入ると、赤い包みに差し込んだカードを抜いて、「ごめん、置いていくね」緑の電話にそう伝えて、あとは振り返らなかった。
ごめん、不法投棄。
ごめん、伝えられなかった言葉。
言葉を伝えるために存在するあの箱。
あの箱は、緊急を伝える、喜びを伝える、悲しみを、愛情を、さまざまな物語を運んでいるけれど。
伝わらなかった言葉たちも、ひとりでたくさん抱えているのかもしれない。
渡せなかったチョコまで請け負わせてごめんね。
『大丈夫ですよ。届かなかった言葉の数々は、月夜の晩に空に放っているのです。あなたのチョコも、夜空の月に託しましょう』
翌日、登校前に、電話ボックスを覗いたら、赤い包みは無くなっていた。
さて、どんな顔で教室に入ろうか。
私は、青い空を仰ぎながら、腫れた瞼に手を当てた。
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中学生の時の話です。
まぁ、こんなに可愛らしい雰囲気の女子でもなかったけども。
ぷにょさんの投稿で、あの時の記憶がブワッと蘇りました。
このタイトルは、その時にぷにょさんと盛り上がって出来たもの。
届かなかった言葉は、今も宇宙を漂っているのかな。
それとも、時空を超えて、どこかでこうして、誰かに届いているのかもしれません。
ぷにょさん、ありがとうございました!
中学2年の幼かったあの日の恋が、誰かに届いていますように。
それから、本当にチョコがなくなっていたんだけれど、どなたか処分してくれたのか、それにしては早いなと思ったことを覚えてる。
不法投棄はいけません。はい。