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トコラ版曾根崎心中 #6 九(九平次)印鑑のこと

近松門左衛門作 =曽根崎心中=
を現代語訳・・・というか、近未来SF化して上演を試みています。
場面ごとの上演テキストを順次公開しようと思います。
現代語訳に相当するものと、
原作に登場しない人物のものとあります。
引用した原作の場面を、下に原文引用として記載しています。
「トコラ版そねざき心中」については、
作品紹介記事をご覧ください。

トコラ版そねざき心中 #1 作品紹介

九(九平次)印鑑のこと

あれぇ、なるほど、確かに俺が使っていた印鑑の印影だね。
徳ぅ、地べたにはいつくばって死んじゃってもさ、こんなことはしちゃいけないよ。
俺さ、いいかい?先月の二十五日に財布を落としちゃったんだよ。
うん、もちろん警察に届けたけど、返ってこないんだ。
財布の中にはさ、代々受け継いだ実印の印影プリントを入れてたんだよ。
徳が持っている借用書?の印鑑は、その落とした印影と同じ、なんだよね。
今のうちの会社の実印は、これだよ。
ぜんぜん違うだろ?・・・不思議だなあ。
ネットが崩壊したとき、印章のデータがすべて失われたじゃない。
ところが、長年取引のある印鑑店が、一部データを復刻できたって商工会を通して連絡が来て、取りに行ったんだけどね、その帰りに財布ごと・・・。
印鑑?あるよもちろん。チタン製のがね。
印鑑制度が一部復活したんで、来期から使う準備をはじめたんだけど、100年以上使ってたらしくてね、印影が薄くなってたんだ。
新しく作るかって検討してたとき、データ復刻の知らせが来てさ、
同じものが作れるぞ~~!!って父さんに伝えたくて・・・。
慌ててたんだよなあ。情けないよ。
そりゃ、あるよ。印鑑店には元データが。
徳、大丈夫かい? 腕っこきの営業マンの言いっぷりとは思えないなあ。
俺、データのプリントを落としちゃったんだよ。
今もどこにあるか解らないんだよ。
会社の実印に使えないだろ? 解るよね。
親父にも、印鑑店にもお詫びして、泣く泣く新しい印影で実印を作ったんだ。
いや~~、仕事が早かったよ~~。複雑で美しい印影をたった五日で作ってくれてさ、その足で印鑑登録。それが一日。
あのな、徳、二十五日に落とした印影を使った実印を二十八日に押すなんて、そんなこと俺がするわけないでしょ。
何言ってるの?
っていうかさ、先月、突然行方をくらましちゃったから探してたんだぞ。

・・・え、まさか、・・・。
徳が俺の財布拾ったとか?
その中に入っているデータを元に印鑑作ったとか?
安い印鑑屋だったら、すぐ作れるもんね。
嘘だろ、そんなことないよな。
財布に五十万くらい入っていたけど、そんなのは、困っているんならやるよ。言ってくれよ。親友だろ。
なのに、こんなニセの借用書作って三千万円よこせなんて・・・、嘘だよな、な。

成程判は俺が判。
エ ゞ、徳兵衛、土に喰いつき死ぬるとてもこんな事はせぬ物じゃ。
此の九平次は後の月の廿五日、花紙袋を落して印判共に失うた。 方々に貼り紙して尋ぬれ共知れぬ故、此の月からコレ、此のお町衆へも断り印判を変えたやわい。廿五日に落とした判を八チ日に捺されようか。
扨は其方が拾うて手形を書いて判を据ゑ、俺を強請って銀取ろうとは謀反より大罪人。こんなことをせうより盗みをせい徳兵衛。
エ ゞ、首を切らせる奴なれど懇《ねんごろ》ろがいに許して置く。
銀になるならして見よ。

近松浄瑠璃傑作集 上巻 (大日本文庫)
近松門左衛門 著, 高野辰之 校訂
春陽堂









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