機動戦士ガンダム 全話レビュー第23話「マチルダ救出作戦」
あらすじ
レビル将軍に暗号電報を打ち、補給を待つホワイトベース。ヨーロッパの前線基地にいたレビル将軍はこれを受け、マチルダ中尉にWBのいる場所まで行くように命じる。彼女には補給物資のほかに、ガンダムのパワーアップパーツが託されていた。しかしこの情報は敵側に漏れていた。マ・クベはWBに補給を受けさせまいと、部下のクリンクに命じてマチルダの補給部隊を叩かせることにする。ブライトから艦長代理を任せられたミライは、このピンチを打開しようと奮闘する。
脚本/星山博之 演出/藤原良二 絵コンテ/ 作画監督/中村一夫
コメント
大破したホワイトベース、過労で倒れて寝込んでいるブライト、という危機的な状況の中、艦長代理を任されたミライが前回見せた自信のなさからくる失敗を克服する、という流れ。物資が底をつきエンジンの修理が必要なホワイトベースに、レビル将軍配下のマチルダ中尉のミデア隊が補給物資を運んでくるが、それが一筋縄ではいかない、というところがポイントである。前回の伏線、スパイのジュダックの暗躍から引き起こされる次のピンチが、追加メカ「Gファイター」の登場につながる。
大破したホワイトベースは渓谷の中に身を隠し、アムロやハヤトは修理に追われていた。現場を訪れるミライに、アムロはパーツが合わず補給がなければ修理はできない状況であることを伝える。療養中のブライトはミライを呼び出し、指揮官代理を任せるための引き継ぎをする。長指揮のABCを書いたメモを手渡すブライト。自信なさげなミライを「君ならできるよ」と励ます。
全話を観終わってから振り返ってみると、「このあたりが、きっかけだったのかなあ」と感慨ぶかくなるエピソードである。これまで恋愛要素といえば、つれないアムロにやきもきするフラウ、それに年上の女性マチルダに恋心を抱くアムロ、というくらいしかなかった本作だが、中盤を迎えて、人間関係の場面でもちょっとずつギアを上げていく感じが、とてもよい。
その頃、レビル将軍はオデッサ作戦のためヨーロッパ前線基地に入り、エルラン中将(前回は少将だったが、謎の昇進を遂げている)と副官のジュダックを前に、作戦について説明をしていた。ここでカギとなるのが、背後をつくホワイトベースである。「あとは君の隊が、ホワイトベースのエンジンを直せるかどうかにかかっているわけだ」と、マチルダ隊への期待を口にするレビル将軍だが、スパイと思しき人物の前であるだけに、イヤーな予感がする。 さらに、レビル将軍はそうとは知らず、重要な秘密事項を内通者の前で話してしまう。 「それともう一つ、ホワイトベースに届けてほしいものがある。連中はまたモルモットにされるのかと怒るだろうがな」
マチルダに手渡されたのはガンダムのパワーアップメカの目録。そこに口を挟むのがエルランだが、その前に少し解説しておくと、レビル将軍のセリフ中にある「モルモットにされる」というのは、当時、実験用動物としてハムスターに似たモルモットという小動物が用いられていたことから、実験台にされることを、このように表現することがよくあった。つまり、レビル将軍の中では、ホワイトベースの運用をブライトやアムロなど未練達な若者に任せているのは、何かの実験の意味があるらしい。
それに疑問を持つのは、将官としては当然であろう。だからエルランはこう言う。部隊編成の決まっていない部隊に、なぜそれほど肩入れをなさるんです?それに対するレビルの答えは、こうだった。
「正規軍をテスト台に使えるかね? それにこれは参謀本部の決定でもある」
本作では、将官でありプロである大人たちと、非正規兵であり素人である少年少女たちとは、常に緊張関係をはらんでいる。ホワイトベースは、ある意味正規軍から「都合よく見捨てられた」ような存在なのだが、マチルダ中尉と彼女をホワイトベースへ派遣し助けるレビル将軍は、その意味で唯一の味方であった。少なくとも、ホワイトベースの面々はそう思っているだろう。
だが、このエルランとのやりとりを聞く限り、レビル将軍もまた、なんらかの形でホワイトベースの若者たちを利用しようとしているように思える。
本作が「わかりにくい」「難しい」と思われる一因は、このように挿入される会話が意味する、この時点での世界の全景が見えないことにもあると思う。2000年前後に隆盛を極めた、いわゆる「セカイ系」と呼ばれる、半径5メートルの世界における人間関係(主に恋愛)が世界の危機的運命を左右する、という作品群とは、そこが大きく異なっていると思う。
本作では戦争に巻き込まれた主人公らを中心に描いているが、実はホワイトベースは連邦軍の主力でもなんでもなく、その戦いは主戦場とは遠く離れた、取るに足りない局地戦である。そして戦況は、主人公たちの見えないところで大きく動いているのである。「オデッサ作戦」を前に、そうした大きなものが立ち上がってくる感じも、この中盤の見どころの一つではないだろうか。
レビル将軍の指令で、ホワイトベース救援に向かうマチルダのミデア輸送隊だが、案の定、ジュダックの内通で、マ・クベが送ったグフ小隊に攻撃され、5番機が撃墜。1番機、4番機も飛行がままならなくなる。マチルダ中尉はホワイトベースからの援軍が来ることを信じ、ミデアを着陸させるのだった。
一方のホワイトベースでは、ミライがブライトの艦長指揮法覚書に目を通しながらも、落ち着かない様子である。しかし、いよいよミデア輸送機からのSOSをキャッチし、改めてその手腕を試されることになる。
ミライの判断は、こうだった。
どうするか、補給が受けられないと、ホワイトベースは動けない。
ミデアが来てくれなければ
そして、ついに動く。
「セイラ、ミデア輸送隊を助けましょう」
前回から登場した、モビルスーツを乗せて飛行できる爆撃機ドダイとグフとの組み合わせで、アムロのガンダムは苦境に陥る。ヒートロッドによる電撃(?)攻撃で脚の回路がずたずたになり、思うように動けなくなってしまうが、そこに、マチルダ中尉の「アムロなら大丈夫」と信じて打って出た、ぶっつけ本番の新メカ投入により、危機を脱する。そしてかろうじてマチルダ隊をグフから守りきるのだった。
というわけで、サブタイトルは「マチルダ救出作戦」だが、むしろマチルダは一方的に救出される立場ではなく、自ら動いてその作戦を動かしているところが面白い。指揮を任されたミライ、彼女を支えようとするセイラ、アムロとホワイトベース隊を信じて動くマチルダと、女性陣の活躍が印象に残る回である。今回の「この一言!」では、ミライを中心とした女性陣の活躍にフォーカスしてみようと思う。
この一言! 起きたの? 大丈夫です。あと5分ほどで到着予定ですって
艦長代理を任されたミライは、真面目で几帳面な性格と、自信のなさから、ブライトからもらった艦長指揮法メモを、さっそくじっくり読み始める。レビル将軍から暗号通信が届くが、
「補給物資はマチルダ中尉に送らせた。修理が済み次第、オデッサ作戦に参加しなければならぬ。なお、ガンダムの新しい部品も届ける。新戦力として十分使えると思う。パイロットの諸君にも検討を望む次第だ」
というレビル将軍のメッセージに「これだけ?」と当惑する。ブライトのメモ、レビル将軍の通信。ミライは、自分がこれからどうすればいいか、指示する言葉や示唆を求めているように見える。だが、わずかな情報を分析し、自分で判断しなければならない。それが、指揮官なのだ。
対照的に、女性ながら指揮官としてミデア輸送隊を率いているマチルダ中尉が描かれているのが、実によい。マチルダは、敵の編隊をキャッチすると、その動きの早さを訝しむが、そこに拘泥することなく対空戦闘用意をさせるとともに、レビル将軍へSOSを発信する。その素早い判断と行動が、ミライとホワイトベースを動かしていくことになる。
セイラ、ミデア輸送隊を助けましょう
そう決断したミライだが、セイラがアムロとカイ、ハヤトに発進を命じると、一転してセイラに発進を取りやめるように指示する。動けないホワイトベースが攻撃された場合を考えてしまったのだ。
これに対してセイラは、そのミライの指示を無視して発進を指示。「腹が立つのなら、罰してくださっても結構よ」と、ミライの命令変更に従わなかったことに対して強い態度を見せる。ミライは「私はブライトから引き継ぎを…」と言いかけるが、その言葉を飲み込んで、彼女の発進指示を承認した。
未熟なミライという女性が艦長代理として指揮を執らなければならない、しかも、前回は自身が混乱してホワイトベースを大破させてしまった、という状況。その一方で描かれる輸送隊指揮官のマチルダも、またミライに厳しい態度を取りながらもサポートに徹するセイラも、女性であるという点が、当時はもちろん、今見ても新鮮に感じる。
本作を知った当時私は中学生だったが、アニメ雑誌で見たキャラクターの中で、とりわけ心惹かれたのがマチルダ中尉だった。当時、沖田艦長ほどの権威者ぐらいしかかぶっていなかった軍隊の制帽をかぶり、華やかな顔立ち、抑えた色合いだが塗っていることがわかる口紅、活動的なショートカット…、と、これまでのアニメの女性キャラクターにはない、何かを感じた。それを言葉で言い表せば、「カッコイイ!」ということではなかっただろうか。誰かの補佐でも、世話係でもなく、リーダーとして判断を下し人を動かす、そんな立場に女性はなれるし、それはカッコイイことなんだ、ということだ。そんな女性の存在は、まだまだ当時「未来的」であったということもある。
また、この回のセイラは、怖気付いて最初の指示を撤回しようとするミライに厳しく接しているが、その判断の速さ、的確さは「さすが、シャアの妹だけある…」と思わせ、そこに、ミライとは違った女性像があることを感じる。
こうして見ると、ミライという、未熟な指揮官を支えるセイラ、対照的に描かれるマチルダ、これがどちらも女性であることで、ミライが前回失敗したのも、今回判断を撤回したり躊躇したりしてしまうのも、彼女が女性だからダメなんだ、ではなく、彼女自身の気弱さ、だれかに頼りたい依存的な姿勢にあるのだ、というところにフォーカスされるようになっているのが、とても印象的だった。
最初は自分の判断に自信がなく、うろうろしながらブライトのメモばかりみて状況判断をしようとしないミライだが、その様子を個室のモニターで見ているブライトが、
ミライ、待つだけじゃだめだ、修理、修理だ、今そんなものを読んでいるヒマないだろう
とやきもきしながらも、口に出さずにいるところも面白い。ところどころセイラが助言するが、最終的にミライは、自ら「敵も戦力は少ないからこちらには来ない、その間に修理を進めよう」と判断し、命令を出すことができた。そして、ついに心配しすぎて病床から通信をつなぎ「マチルダ隊は来たのか」と聞くブライトに、
起きたの?
大丈夫です。
大あと5分ほどで到着予定ですって。
と、実は全然大丈夫でないし、彼女自身も不安でたまらなかったことにかわりはないだろうが、ブライトに状況を伝えて判断を仰ぐのではなく、自分の言葉でブライトを安心させることができた。ミライは、不安な状況の中で誰かに指示を仰いで頼りたい、という自らの弱さを克服し、そしておそらくは、ブライトのメモには書いていなかったことを、最後にやり遂げたのだ。
その間、実はマチルダ隊救出に向かったアムロのガンダムは危機的状況に陥っているのだが、そこにミライが介在できなかったことと、そこにいたマチルダ中尉の「アムロなら大丈夫」という謎の信頼感に支えられ、Gファイターのぶっつけ本番実践投入という荒技で、危機を乗り越える。リュウという要を失った彼らだが、アムロとハヤト、カイの間にも、チームワークが生まれつつあるようである。
そして、ここから伝わってくることは、上に立つに必要な資質、それは、任務を任せた部下を信じることではないか、ということだ。マチルダが、いきなりの新メカ投入に対して「アムロなら大丈夫」と信じられたように、ミライも心配するブライトに「大丈夫」と言えた。そのミライの小さな成長もまた、やがてホワイトベースの中で大きな変化になって現れてくるだろう。