機動戦士ガンダム 全話レビュー第28話「大西洋、血に染めて」
あらすじ
女スパイ、ミハルはホワイトベース内でカイと再会する。カイは彼女を匿い、船は南米にある宇宙戦艦用のドックに向かっていると告げる。一方ブーンは漁業組合の民間機でWBに救助を求め、まんまと艦内にもぐりこんだ。そしてミハルからホワイトベースの行き先について情報を受け取る。その直後、ジオン軍の攻撃を受けカイはミハルから情報が漏れたことを直感。大西洋上で敵に立ち向かうため、ガンペリーで出撃しようとするが‥‥
脚本/山本優 演出/関田修 絵コンテ/斧谷稔 作画監督/中村一夫
コメント
冒頭のナレーションが、ホワイトベースが北アイルランドを出たこと、そこに、密令を受けて潜り込んだ少女がいることを重々しく告げる。「ミハル・ラトキエ。決してスパイを職業とする少女ではない」という一言が、意味深長である。そしてこの一言があるからこそ、この回のラストに投げかける問いかけが、より心に響いてくる。その問いにあなたはどう答えるか、それを問われている気がする。
さて、この回はミハルという少女との再会とその結末が描かれているほかに、同時並行で、他の2つの重要なエピソードも描かれている。その一つが、シャアの副官ブーンの敵討ち、そしてもう一つが、Gアーマーの防御力低下問題である。それぞれについても追いながら、流れを見ていこう。
最初に触れられるのが、Gアーマーの防御力低下問題。ベルファスト基地に入った26話冒頭からアムロが指摘していた通り、ガンダムからGブルにドッキングするとき左側がガラ空きになるという問題である。ガンダムからGファイターにボルトインしてGアーマーになる合体訓練で、再度その問題が示されている。
そんな折、大西洋上では船舶が攻撃される不穏な動きが起こり始める。海底で攻撃を指揮しているのはシャアのマッドアングラー隊。そこに、ホワイトベースにスパイ潜入の知らせがもたらされ、事態は動き出す。
ホワイトベースに潜り込んだミハルは(1)行き先をつきとめる (2)木馬の性能に関するあらゆる資料 の情報を収集するよう指令を受けていた。士官室を狙えと言われており、ブライトの部屋へ入り込むが、そこへカイがブライトを呼びにやってくる。そこで、デスクの下に隠れているミハルを見つけたカイ。なぜここに? という当然の疑問に、ミハルは答える。
あたし、あんたについて来たかったんだよ。
それで、この船に乗ったんだけど
じゃあ、そのユニフォームどうしたんだよ。その拳銃もさ。
‥‥わかってるよ。あんなに兄弟思いのあんたが、
おれを思って来たなんてのは嘘だってこと。
嘘じゃないさ、半分は嘘じゃない。
ここで確認しておきたいが、このドラマを見ている私たちは当然のごとく、カイはホワイトベースに戻ったことも、ミハルがシャアのスパイであることも知っているわけだが、当の本人らは、お互いのことをそれほど知っているわけではない、ということである。ミハルはカイがホワイトベースに戻ったかどうか、知る由もなかっただろうし、カイはミハルが連邦軍の情報を嗅ぎ回っていることは勘付いていたが、スパイとして潜入するとは思いもよらなかったのである。
だから、ミハルの「あんたについて来たかったんだよ」というのは、咄嗟についた嘘だと、ユニフォームや拳銃についていうまでもなく、カイには容易に推測できただろう。しかし彼は、彼女をスパイだとしてブライトに突き出すことはしなかった。そこが、カイの見せた「軟弱者」ではない一面であり、優しさからくる甘さでもあったのだろう。彼は、彼女の苦しい生活の生々しさを、現地で見てしまっていたのだから。
そして、自室にミハルを匿ってやろうとするカイだったが、彼女を部屋に入らせるところを、通りがかりのアムロに見られてしまう。「だれです? 恋人さんですか?」というアムロに、彼は答えた。「南米で降ろすからさ、みんなには内緒だぜ?」
この会話でホワイトベースの行き先を南米だと知ったミハルは、カイから追加情報を聞き出す。目的地は南米の宇宙船用ドックであることを。これ以上は教えられない、とカイは釘をさすのだが、そこには「この場所にいれば、ジオン軍と通信はできまい」という油断があった。ある意味カイもアムロも、軍人扱いされてはいるが、まだまだ非情になれない幼さがあるのである。
しかし、敵はそうではない。きっちりと、ホワイトベース内のミハルと連絡を取る算段をつけていた。ジオン軍に攻撃された、という民間機がホワイトベースに救助を求めてくる。船籍はヴェルデ諸島の漁業組合。それを確認したブライトは着艦を認めるが、そこに乗っていたのはあの男、シャアの副官ブーンだった。こうしてホワイトベースに乗り込んだ彼は、艦内で腕時計型通信機を使ってミハルから情報を聞き出した。
ちょうどそのとき、ミハルの待つ部屋へ戻ってきたカイは、通信していたと思しき彼女の様子から、民間機がジオンの諜報員だと勘付き、慌ててブライトにスパイじゃないかと進言する。だが、証拠はあるのか?と言われた彼には、何も言い返すことができなかった。
そしてここから、シャアの副官ブーンの敵討ち、というこの話のもう一つの側面が展開していくことになる。ブーンのもたらした情報から、行き先がアフリカ戦線でなく南米であることを知ったシャアだったが、すぐに、その情報をもとに作戦行動を展開することはできなかった。その意を汲んだブーンは、
モビルアーマーをお貸しいただけませんか? 敵討とは言いたくありませんが、私は4機のモビルスーツを沈められています。やらせてください。モビルアーマーなら、ここから発進しても木馬をキャッチできます。
と、自ら出撃を希望した。彼はもともとパイロットだったのである。そして、2機のズゴックを随伴し、モビルアーマー・グラブロで出撃することになるのだが、この出撃を認めたシャアの判断には、疑問を抱かざるを得ない。もし彼が敵討ちを果たしてホワイトベースを沈めてしまったら、せっかくスパイを潜入させて南米行きであることをつきとめ、このままこっそりついていけば連邦軍本部ジャブローへ案内してもらえる、という好機を逃すことになってしまうからだ。その敵討ちがホワイトベースではなくガンダムのみを対象としてたと考えれば、筋は通らなくはないが、今度は26話のラストでシャアが漏らした一言、「私は、これだけは私の手で倒したいと思っているくらいなのだ。子供じみているだろう?そう、私のプライドを傷つけたモビルスーツだからな」という決め台詞が、意味のないものになってしまう。
そうすると、ブーンの出撃をそれでも許可したシャアの判断は、「しょせんブーンには歯の立たない相手だ」と踏んでのことだったのか。あるいは、スパイ工作で手柄を立てた部下の存在感が増すのを嫌って、木馬に始末させようとしたのかもしれない。ガルマの最期がそうだったように。だとすれば、やはりシャア、あんたは腹黒サイコパスだよ、と言いたくなるが、本当のところはわからない。ジオン公国のアイドルだったガルマを救えなかったことで落ちた自信の評価を、少してもあげて「いい人」と思われておきたかったということなのかもしれない。いずれにせよ、彼という男はどこまでも一匹狼なのだ。
追ってくる機影をキャッチしたホワイトベースは、水中から激しい攻撃を受け始める。出撃しようとするアムロとセイラは、どの形態で出撃するかで会話を交わす。
アムロ、どう思って?
海上ですからガンキャノン、ガンタンクは不利です。
ミライは、モビルスーツが来ると言っている。
そう思います。
その結果、ガンダムとGファイターは分けて発進しようということになるが、ホワイトベースが激しい攻撃にさらされ始めたためGアーマーで発進後に分離することになった。この発進シーンでは、Gアーマーの片側防御ガラ空き問題が解消され、なんとガンダムシールドが2枚になっている。そして分離したガンダムは、そのシールドを二枚重ねで装備したのである。
こうして、アムロが提起した課題はあっという間に解決されてしまったのだが、これといった注目もされず流れてゆく。Gメカの存在事態が、のちの劇場版でなかったことにされたため、私自信、今再見するまで気づかなかった小ネタであった。
一方、ミハルはホワイトベースが攻撃され始めたことで、激しく動揺していた。救命具をつけていろ、というカイに対して、居ても立っても居られない気持ちを吐露し始める。
あたしにもやらせて
できるわけねえだろ
あたしのせいなんだ。あたしが情報を流したばっかりに、カイさんたちが。
おまえの情報ぐらいで、こんなに攻撃されねえよ。
しかし、カツ、レツ、キッカの幼い3人の子どもたちが艦内にいて、一緒に戦っている姿を見てしまったミハルは、ますます自責の念を募らせてゆく。そしてカイを追って、ついにカイが搭乗することになるガンペリーの待つ第三デッキまで来てしまうのだった。
海上での戦闘ということで、ガンキャノン、ガンタンクが使えず苦戦を強いられていたホワイトベース。ハヤトはコアファイターで出撃するが、水中から攻撃してくるズゴックに苦戦する。そのズゴックを、セイラがGファイターのキャノン砲で一撃で仕留めるが、これが、グラブロで出撃したブーンの闘争心に火をつけてしまった。
水中でグラブロと対峙するアムロのガンダムは苦戦する。水の中では、ビームライフルの威力が減衰してしまうというのだ。グラブロの腕に脚を掴まれたガンダムは水中で翻弄されるが、その脚が千切れたとき、好機が訪れる。
ガンダムの足をちぎったのが間違いだったよ。動きやすくしてくれた!
グラブロにとどめを刺したときのアムロのセリフには、激戦を勝ち抜いてきたがゆえのメンタリティが現れている。戦士として戦場で鍛え上げられてきたアムロだが、その心からは無垢な魂が失われつつあった。
しかし、彼がグラブロを仕留められたのは、脚が千切られたことで優位に立てたことだけにあったのではない。その直前、ブーンは2機目のズゴックが撃墜されたことに動揺していたのだ。
仕留めたのは、カイがミハルを乗せて出たガンペリーから発射された対潜ミサイルだった。そのとき散っていった、もう一つの命があることを、彼らは知る由もなかった・・・
この一言! なんで死んじまったんだー!
自分が情報を流したことで、ホワイトベースが攻撃を受けた。そのせいで、船が沈み多くの命が失われてしまうかもしれない。そうした現実を目の当たりにしたミハルは、カイに
カイ、私にも戦わせて。弟たちが助かって、あの子たちが死んでいいなんてこと、ないもん。このままだったら、またジオンに利用されるだけの生活よ。それにもう、ただ見てるだけなんて、あたしたまんないよ。
と訴えかけ、その言葉に動かされたことと、ガンペリーの操縦士だったジョブ・ジョンが機銃から手が離せない状況だったことで、カイはミハルをガンペリーに乗せ、対潜ミサイルの発射ボタンを押す役を任せた。
その結果彼女は、爆風で吹き飛ばされ大西洋上で消息を絶ってしまう。敵のズゴック1機を見事仕留めて意気揚々と帰還したものの、一緒にいたはずのミハルがいなくなってしまった、その信じたくない現実を受け止めようとしたときのとやり場のない怒りが、この一言に凝縮されている。
なんで死んじまったんだー!
そして、この言葉は同時に、カイの自分自身への問いかけでもあっただろう。あなたなら、どういう答えをそこに求めるだろうか。カイ自身、その答えをいずれ見つけると思うが、私はどう捉えるか、ということをここにまとめておきたい。
(1)戦闘状況による要因
ミハルはなぜ死んだのか。一義的には、ガンペリーが攻撃を受けたことで、ミサイルの発射装置の電気系統が故障し、ミハルがガンペリーのカタパルト脇の発射レバーに降りていったことによる。その発射レバーのある場所は吹き曝しで、飛行中に発射レバーを操作することは想定されていなかったようである。せめてその場所に防護壁があればよかったのだが、ミサイル発射の際の爆風を避けるものは何もなかった。
もし当初の予定通りジョブ・ジョンが操縦していたとしたら、発射ボタンを押すのはカイだったかもしれない。そう思うと、ミハルは彼の身代わりになって死んだともいえる。
(2)ブーンの敵討ちを認めたシャアの謎判断
先に触れたとおり、そもそもミハルをホワイトベースに潜入させたのはシャアの指令によるものであった。その結果、ホワイトベースは南米の宇宙船用ドックへ行くとわかったのだから、攻撃せずにそのまま追跡すればよかったのだ。アフリカ戦線の行方がどうあれ、連邦軍本部ジャブローへ辿り着け、攻撃の糸口をつかめるなら、ジオン軍がオデッサでの敗北で失った地球上での優勢を挽回できるかもしれないのだ。なのに、ブーンの敵討ちを認めた。もし彼が見事ホワイトベースを撃沈していたら、それで得た戦果よりも大きなものを逃したことになっていたかもしれない。その意味で、シャアの判断には謎がある。シャアはブーンにその実力がないと見ていたか、あるいは、ジオン軍の勝利そのものに興味がなかったか、もしくはブーン隊とミハルを闇に葬るつもりだったのか、真意は推測するしかないが、この判断がミハルを死に追いやった、といえるだろう。
(3)カイの自己過信
ミハルがホワイトベースに潜入して、最初に出会ったのはカイだった。これは不幸中の幸いともいえるが、逆にだからこそ彼女を戦いの場に押しやったともいえる。カイは彼女の存在を秘匿し、アムロには南米で降ろすから内緒にしてくれ、と頼んでいる。スパイと勘づいていたにもかかわらず彼女をブライトに突き出さずに匿ったのは、ホワイトベースに乗って出港してしまえば、ジオン軍と連絡を取る手段がないはずだ、という思い込みがあった。もし彼女がスパイであることをブライトに明かしていれば、ミハルは身体検査の上独房に入れられ、ブーンと連絡を取ることもなかっただろう。そして結果的に、それがミハルの命を守ることになったはずだ。しかし、ベルファスト基地で軍を抜けようと思っていたカイは、組織に対してそこまでの信頼を置いてはいなかった。
それでも、カイがホワイトベースに着艦した民間機があったことで、これがスパイだと勘づいたとき、最後のチャンスがあったはずだ。ブライトに「証拠でもあるのか?」と問われた時、正直に状況を話せば、ミハルを守れたかもしれない。軟弱者であることを乗り越えようとしたカイだったが、そのためには、自分を信じて強く見せることだけでなく、自分を曝け出して弱くあることさえも時には必要なのだ。
(4)決してスパイを職業とする少女ではなかったミハル
最後に、ミハル自身の心情にも触れておきたい。彼女は命を落とした犠牲者だが、ホワイトベースがジオン軍の攻撃を受けたのは「自分が情報を流したせい」だという罪悪感を覚え、そうした思いを払拭するために、自分も戦う、と前のめりになっていった。それは決して悪いことではないが、もし彼女がスパイを職業としていたなら、そもそも罪悪感を抱くことなどなかっただろう。それよりも、ホワイトベースが攻撃され始めた時点で、ここから脱出する手立てを考えたのではなかったか。
カイが、ホワイトベースから降りさえすれば、戦争という現実からも逃れられると勘違いしたように、ミハルも、ホワイトベースに潜入したからといって、戦場に飛び込むわけではないと勘違いしていた、と見ることもできる。すでに住んでいる街が戦争でズタズタになり、両親を亡くしていた彼女であっても、戦艦に乗り込めばそこで何が起こるのか、カイが体験してきた戦場を想像することはできなかったのだ。
ガンダムは「わかりあえない人々の物語」、人と人との相互不理解を描いている、と前に記した。カイとミハルの間に横たわっていたのも、お互いの見ているものが違っていたという現実、わかっていたつもりで実はわかっていなかった、という相互不理解ではなかったか。
この仕事が終わったら、戦争のないところへ行こうな、3人で。
前話で、きょうだいとの別れの間際に語られたミハルの言葉が、重く響く。