機動戦士ガンダム 全話レビュー第30話「小さな防衛線」
あらすじ
ジャブロー攻撃に失敗したシャアは、アッガイの部隊を率いて再攻撃をかけることにした。部下とともにモビルスーツを降りて地下に潜入したシャアは、連邦軍のモビルスーツ格納庫を発見、そこを爆破しようと試みる。一方ホワイトベースでは、カツ・レツ・キッカのことが問題になっていた。育児センターに預けられた子どもたちは、その場の雰囲気になじめず、船に戻ろうと脱走してしまう。
脚本/山本優 演出/藤原良二 絵コンテ/ 作画監督/安彦良和
コメント
連邦軍本部ジャブローに入り、いよいよ正規の軍隊に編入されることになるアムロらだが、その際に向き合わなければならないことがあった。カツ、レツ、キッカのちびっこ三人組をこの後どう扱うかという問題である。
これまで、戦争に巻き込まれ避難を余儀なくされた少年少女たちが、生き延びるために、やむなく自ら武器を取って戦うというプロットを軸にしてストーリーが展開してきたわけだが、その軸がいよいよ変わってしまうからだ。避難民の船に子どもがいるのは不思議ではないが、軍隊の船に子どもがいるのは、どう考えてもリアリティに欠ける。
30話はこれまでメインにならなかったちびっこ三人組をセンターに押し出した回であるが、単にそれだけではなく、この船を通して、これから何が描かれてゆくのかを示唆する回であるとも言えるだろう。
シャアのジャブロー奇襲は失敗に終わったが、そこで引き下がるシャアではない。今度はアッガイという妙にかわいらしいモビルスーツの小隊を引き連れ、再びジャブローに侵入しようとしていた。
その頃連邦軍本部では、ホワイトベースを現行の編成のまま、ティアンム艦隊の第13独立部隊として運用することを決定し、乗組員らに辞令を申し渡していた。彼らの階級はそれぞれ、ブライト・ノア中尉、ミライ・ヤシマ少尉、セイラ・マス軍曹、アムロ・レイ曹長、カイ・シデン伍長、ハヤト・コバヤシ伍長、フラウ・ボウ上等兵となった。
その最中、二つの事件が起きる。一つはちびっこ三人組のイヤイヤ事件、もう一つはアムロの反発事件である。
一つ目は、カツ・レツ・キッカは、育児センターに行きたくない、ホワイトベースを降りたくないと抵抗した結果、辞令申し渡しの現場に乱入してきた事件である。これは、女性士官が「私が専門です、言い聞かせてみましょう」と言ってその場を収めた。
二つ目は、リュウ・ホセイほかの戦死者について「二階級特進が与えられている」と聞いたアムロが、つい反発して言ってしまう、次の一言である。
二階級特進、それだけなんですか。二階級特進だけで、それだけでおしまいなんですか。 戦っているときは何もしてくれないで、階級章だけでリュウさんや他の人にありがとうの一言ぐらい・・・
この言葉に激昂した将校はアムロにビンタを喰らわそうとするが、アムロはその瞬間、さっとそれを避けてしまう。なぜ避けるのか、とますます怒り狂う将校だが、この場面は、なぜかアムロの反発の言葉よりも、アムロがビンタを避けたことが印象に残ってしまう不思議なシーンである。
このあと、フラウ・ボウに「口が多すぎるのよね」と諭されるアムロだが、「あの子たち、ここにいて本当に幸せになれるかしら」と問いかけるフラウに対しては「幸せ? どこでも同じだと思うな。・・・置いていくしかないだろう?仕方ないよ。小さい子が人の殺し合い見るの、いけないよ」と、リュウら戦死者への敬意の払い方に反発したこととは逆に、実に現実的な答えを返しているのが面白い。ガンダムでの出撃を拒否したり、ガンダムから降ろされたことに反発して脱走したりと、ある意味ホワイトベースで一番の問題児だった彼だけに、実は似たような立場でありながら、子どもたちを突き放して見てしまうのかもしれない。
そうこうしている間に、ジャブローに侵入したシャアは工作員らとともに行動を開始していた。ちなみにアッガイから出てきた工作員らは二人一組になっていて、みな茶色い全身タイツのようなスーツで擬装しているが、シャアはいつもの真っ赤な軍服で、彼らの努力を無に帰してしまっている。先に言っておくが、これが失敗するとしたら、原因はシャアにあるとみて間違いない。
さて、一方育児センターに預けられた子どもたちは、ホワイトベースにはあるはずもなかった遊具で遊んで歓声をあげていたのも束の間、他の子どもに「無邪気なもんだな」と突っ込まれて我に帰り、キッカが泣き出してしまったことで、ここを逃げ出してホワイトベースに帰ることを決意した。
そうして逃げ出してジャブロー地下を彷徨うちびっ子たちが、シャアの工作隊とが、見つけた連邦軍の量産型モビルスーツ・ジムの格納庫で鉢合わせしてしまうのである。
縛り上げられた子どもたちは、工作員らがジムに時限爆弾を仕掛け、30分後に爆発するようセットされたことを知ってしまう。しかし、何とか協力し合って縄を引きちぎり、爆弾を取り除こうと奔走。ちょうどそこに、ジムの工場を見学しようとやって来たアムロたちと再開。爆弾を満載したバギーにアムロが乗り移り、崖下に落下させることで爆発被害から免れることができた。
そこで、はっと気づいたアムロの「ホワイトベースが危ない」の一言から、工作隊を二手に分け、自分はホワイトベースを狙ったのに早々に失敗して逃げ出すシャア組と戦うことになる。
シャアの失敗と逃走も含めて、驚くほどのことは起こらない安定の展開が、かえって本作では珍しい感じがするが、この子どもたちの逃走劇の間にも、今後の展開にかかわる二つの出来事が描かれている。
一つは、逃走するシャアと、ちびっこ三人組を探しまわるセイラがジャブロー地下で鉢合わせる、という場面である。セイラを妹、アルテイシアだと悟ったシャアは「軍から身を引いてくれないか」 と言い残して去っていく。
もう一つは、作戦会議にブライトが呼ばれた場面である。ジャブローにジオン軍を「連れてきた」と思われてしまったホワイトベースは、逆に「ホワイトベースの実力をジオンは高く評価しており、これは囮として絶好であると」 見なされた。
そして下された決定を、ブライト中尉は苦虫を噛み潰したようような表情で確認する。
第13独立部隊とは、囮専門ということなんですか
ちびっこ三人組は、カイやアムロのとりなしもあり、ホワイトベースに残れることになった。しかし、そのホワイトベースはシャアらジオン軍を引きつけておくための「囮」部隊であり、そのシャアから「軍を辞めてほしい」と言われたにもかかわらず、思い詰めた表情の妹が居続けている。明るく見える結末の背後に、先に潜む不穏な空気を感じるのは私だけではないだろう。
この一言! おねえちゃん、私帰る、船に帰る~
冒頭で、今回のストーリーでは、ちびっこ三人組が軍隊の船になったホワイトベースに残るとすればそれはなぜか、を描く回だと書いた。その部分にスポットを当ててみたい。
カツ・レツ・キッカの三人は、育児センターにいた子どもたちが、多くの遊具を備えた快適な環境で暮らしながら、帰らない父母を待ち続けて暗く沈んでいる様子を見て、ここは自分たちの居場所ではない、船へ帰る、と決意した。そして脱走した先で、ジオンの工作員と鉢合わせ、彼らが仕掛けた爆弾を協力して除去する、という手柄を立てて、連邦軍をピンチから救った、というのが今回のメインのストーリーである。
そして結果的に三人は、ホワイトベースに残ることを許されるのであるが、その理由が、彼らが手柄を立てたこと、つまり、ちびっこ三人組もホワイトベースの戦力なんだ、ということでは決してない、ということに注目したい。
「あなたがたの気持ちはわかるわ。でも、ここにいれば安全であることは間違いない。それに子どもたちは、連邦軍の未来を背負うものとして大切に育てられるんですよ?」という育児官の説得に対して、カイは「今日みたいなことがあってもかい?」と反論し、
うちのチビ達はね、そんじょそこらのとはちと違うのよ。今まで何度も何度もドンパチの中、俺達と一緒に潜り抜けて戦ってきたんだぜ。大人のあんたにだって想像のつかない地獄をね、このちっこい目でしっかり見てきたんだよ。わかって?俺達と離れたくないんだよ。な?
と、その気持ちを代弁した。
このやり取りからわかることは、カイやアムロが辞令を受け、正規軍に編入されたとしても、それでもまだ、彼らにとってのホワイトベースは、逃れて来た故郷の一部であり、ちびっこ三人たちにとって、カイやアムロ、フラウは離れ難い同志であり家族のようなものなのだ、ということだ。ちびっこたちは、戦力としてではなくて、この船が彼らの「家」だから、 という理由で、残ることが認められたのだ。
育児センターにいた子どもが、「ここでじっとしてお父様とお母様が会いに来てくれるのを待ってるだけだもん」と言ったとき、キッカは自分の父母のことを思い出して泣き始めたが、その叫びは「お父さん、お母さん」ではなかった。キッカは、
おねえちゃん、私帰る、船に帰る~
と泣いたのだ。彼女の幼い心にも、もう両親と会える希望はなく、あの船こそが帰る場所、自分たちの家族になっていたということが伺える。
一方アムロは、
連邦軍の未来って、この子たちが生きている間にジオンも連邦軍もない世界が来るかもしれないでしょ? そんなふうにお考えになれませんか?
と、ここで育てられたことで彼らがたどるのとは、違う未来がある可能性を示唆した。敵であるジオンのシャアを、あれほどの執念で追い詰めていく様子を見たあとで、彼がそういうのはかなり唐突な気がするが、ジオンも連邦もなく、ただ生き延びるために戦ってきた彼らにとって、戦争が終わるということは、そういう未来の到来を意味していると思えば納得もゆく。
もう一つ、ここで触れておきたいことは、本作は全43話であるが、もともとは全52話で制作が進められていたところ、視聴率やスポンサーの玩具の売れ行き不振により打ち切りになった、ということである。30話の時点では、全52話の前提で進んでいたであろうことを考えると、アムロのいう「ジオンも連邦軍もない世界が来る」というのは、当初予定していたラストを示唆するものだったのかもしれない。
何よりも、彼らにとってのホワイトベースは、ジオンでも連邦軍でもない、彼らの居場所であった。連邦軍に編入されたのちも、子どもたちを乗せ続けることで、「ジオンでも連邦軍でもない世界」へ導く船にしていきたい、という作り手の意志が、そこにあったのではないだろうか。