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夏風邪ニハマケル


異変があったのは会社で煙草休憩を摂っていた時の事。

いつものように私が愛してやまないハイライトメンソールを一本取り出し、口に咥える。何が入ってるのかというほどパンパンのポッケをまさぐり、安物ライター界の王様、BICライターを手に取り火をつける。

「……美味しくない」

ダメな喫煙者(よい喫煙者など居ないが)になってからずっと、夢や恋愛やラーメンはさめたら不味いけどタバコだけはいつでも美味いと信じてやまなかったモノだから、突然の違和感にショックを受ける。なんか喉がいがらっぽいというか、メンソールなのにいつもの爽快感がない感じがした。若干の苛立ちをおぼえつつ、携帯に目をやると飲みの誘いが。相手が相手だったので行くことにした。

仕事が終わり、残業させんじゃねぇよばーかなどと心の中で悪態をつきつつ、「お先に失礼します」と反吐が出るような挨拶をして会社を去る。電車に運ばれ、友人の地元につき、乾杯。友人の行く超当たり年のロッキンの話や、音楽の話、私がサブカルかぶれ(黙れよ)だというような他愛もないような話をし時間が流れた。

ちゃんとした異変に気付いたのはその時だった。明らかに体調が悪い。酒が回っているからで言い訳の付かないような身体の怠さ、食欲の無さ、なにより、楽しい事なら多少無理をしてでも行くと言ってギックリ腰にも関わらず車で新潟に行った私が、本能で「帰りたい」と思ってしまった。今思えば、あの時ドライブインで食べたアイスクリームも、その日居酒屋で食べた牛タタキも、味がしなかったのはそういうことだったのだろう。

「体調が悪いかも」と、言い訳なのか心の悲鳴なのかどっちにもつかないような謎発言を残し、その日は帰った。誤算だったのが、お盆ダイヤのためにバスに乗れなかったこと。最寄駅から家まではバスを使わないと、常人でも舌打ちする程度の距離だった。しくったなあ、と思いつつ近くのコンビニでポカリスエットとクーリッシュを購入し、霞む月の沈む十分の一の速さで家に帰った。

死んだ魚の目をして家路につくと、部屋が尋常じゃなくニッキ臭かった。京都旅行から帰ってきた弟のお土産の八つ橋だった。今はそんなものどうでもいいんだよ、と薬箱をまさぐる。

薬箱には粉のパブロンが入っていた。親には「明日病院でもらった薬を飲んだ方がいいんじゃない?」などと言われた。馬鹿か、それじゃあ私が風邪であることが確定してしまうではないか。骨が折れていようが流行り病にかかっていようが病院に行くまでは「なんか体調が良くない」(通称:シュレーディンガーのバカ)で済むんだから余計なことはしなくていい、などとよく分からないことを考えながらパブロンを開ける。

このパブロンという薬、効能が凄まじく、生半可な気持ちで人間様に挑んできた愚かなバイ菌くらいなら一日で殲滅できる力を持っている。ただ、その分味も凄く、錠剤はまだしも、粉末薬の方は劇物なんじゃないかと思うくらい苦くて不味い。幼少期から風邪をひいたときにはこの薬を飲んでいたのだが、大人になった今でもえずいてしまうくらいなので、やはり子供には厳しいものがある。それはもうギャン泣きで嫌がり、抵抗空しく飲まされた後も1/3くらいの確率で戻してしまうくらいの地獄だった。(戻したはずなのに翌日に風邪が治ってるのも含めこの薬は恐ろしい。)

そんな苦い思い出が頭によぎり、袋を開けた瞬間は呼吸をするのも躊躇してしまった。しかし、不思議と臭くない。いや、薬が臭くないのではなく、部屋に充満したニッキが薬のにおいをかき消していたのだ。さすが京都4000年の歴史だぜ(そんな続いてない)。私は先に水を含む飲み方がどうも苦手なので、喉奥に粉をすべてダイブさせ、大量の水で流し込んだ。苦味だけならここまで楽に飲めるものなのだと、24歳にもなって新たな発見をし少し感動した。

ありがとう!ニッキ!そんな思いを胸にお土産の生八つ橋をひとつつまみ、右手で弟にいただきますのサインを示し、口に放り込んだ。



くっさ!まっず!



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