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炎上保険|1,827字
"炎上"
字面から分かるように本来の意味は"火が燃え上がること"であったが、インターネットおよびSNSが普及した21世紀初頭には『記事やコメントに対して多くの批判や誹謗中傷の書き込みが殺到すること』を指すようになっていた。
炎上は多くの場合、思慮や社会性に欠けるうかつな記事・コメントあるいは行動が原因ではあったが、世界中の人々が閲覧するという状況下において、常に適切な発言・行動を保ち続けるというのが大変なのも事実であった。
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『ロバと老夫婦』という話を聞いたことがあるだろうか。
これはすべての人を納得させるのがいかに難しいことかを説明する分かりやすい例として、有名な4つのイラストから構成される作品だ。
ロバに2人が乗っていたとすれば「ロバがかわいそうだ」と批判され、おじいさんだけが乗っていれば「おばあさんがかわいそうだ」、逆ならば「おじいさんがかわいそうだ」、そして2人とも乗っていれば「彼らはロバの使い方をしらないバカだ」と、結局どのような行動をとっても批判することは可能だと説いている作品というわけだ。
炎上も似たように一部の人の反感をかうことでそれが火種となり、それをめぐった本人以外の人たちの論争によって大炎上につながるというケースが非常に多かった。
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そんな中、登場したのが『炎上保険』というサービスだった。
これは従来の保険サービスと似たようなもので、運悪く"炎上"してしまった場合には規定に沿ったサポートをおこなうというものだった。具体的には従来の保険サービスにあるような一時金の支払いに加え、炎上した場合の"火消し"などのサポートもおこなうという内容だった。
一定以上の信用度が無いと加入できない点も保険サービスと似通っていた。SNSを何年間利用しているか、その間の炎上の有無、発言の適切さ、などが審査対象になった。AI技術が発達した現代においては、この審査はアカウント情報を入力すれば1時間以内に結果が出るほどに高速だった。
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当初、この保険サービスは流行らないだろうと多くの投資家が予想していた。これは不正に一時金を受け取ろうとする連中が多く出て、ビジネスとしては立ち行かないだろうという予測からだった。
しかし、その予想に反して多くの人々が炎上保険サービスに加入するようになり、不正な利用者に対しても適切に対処が行えたこともあってサービスは大きく成長した。とくにもともと保険サービスに強く依存していたJ国における加入率の高さはものすごいものだった。
「今の時代、炎上保険なしじゃSNSなんて怖くて出来ませんよ」
それがSNSを活発に利用する若者たちの声であった。
会社が成長するにつれ、最初は個人のみが対象だったものが企業などについてもサポートを始めるようになった。SNS時代の情報発信の重要性を理解している企業はこぞって加入するようになり、それによって会社はさらに成長した。
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しかし、予想外にビジネスが成功することもあれば、予想外にビジネスが失速することもあるのが世の常である。
いろいろな要因が重なったのは間違いないが、もっとも大きな要因はSNS側が『健全でない利用者の排除』を始めたことに違いなかった。
SNS側はビッグデータ(=大量のデータ)を収集・分析し、言動が荒っぽい人や不適切な誹謗中傷をおこなう人を徹底的に排除したのだ。SNS側はこれによって大量のユーザを失うことになり、企業としては大打撃であったに違いないが、今後の50年を見据えて出した意思決定であった。
これによりSNSは驚くほど安全な世界になった。
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炎上保険サービスを運営している会社は、まずSNSからはじき出された加入者の一斉退会によって多額の被害を被った。そして、安全になったSNSにおいては"炎上"する可能性がずっと減り、フォロワー数が一定以下のユーザもこぞって保険サービスから退会した。
そうした状況が3年近く続いた結果、会社は倒産した。
その後も炎上保険サービスを利用し続けたのは、炎上した際の被害が極めて大きい有名人や大企業のみとなり、そのような状態では保険サービスという営利活動を続けるのは事実上不可能であった。
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人はうまくいっていない時にいつだって余計な一言を放ってしまうもので、倒産についての説明会における「そもそも炎上が嫌ならSNSなんかやらなければいいんですよ」という社長の一言がかつてないほどに大炎上したのは言うまでもない。
―了―
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