残念ながら高齢者は介護保険では遊べない。〜笑顔を取り戻すための保険外サービスの可能性〜
理学療法士という仕事をしていれば高齢者の方と関わらない日はない。リハビリはスポーツ選手がするものだと思って資格取得を目指した頃が懐かしくも思える。
たくさんの高齢者と出会い、一人一人の方と接する時間が長くなるとこんな言葉をよく耳にする。
『どうにか子供に迷惑かけないようにしないと。』
『何のために生きとるかわからんけど、死ぬわけにもいかんからね。』
『寝たきりや認知症にはなりたくないから頑張ってるの。』
健康維持や、リハビリのモチベーションの理由としてはどちらかというと仕方なくという感じがする。
さらにその方々に『今の生活は楽しいですか?したい事はできていますか?』と聞くとなかなか首を縦には振らない。これらを勘案すると、
楽しみも自由もあまり無いがどうにか頑張らねばならない日常
を過ごしている事になる。それはなぜか。介護保険制度の現状と合わせて考えてみた。
介護保険サービスの背景
2000年に介護保険法が施行されて20年経ち、高齢者が介護保険サービスを受ける事が当たり前になった。現在、国内で介護保険の認定者は650万人を超えておりまだまだ増加傾向だ。
開始当初は介護保険サービスを受けることは、まるで自分の力では生きていけない人と認定される事に等しいように思い、近所には利用している事を言わないで欲しいと頼む人や、自宅の前に介護サービスの車を停めることを頑なに拒否する人もいたと知り合いのケアマネージャーに聞いた。
今では訪問介護やデイサービスの車にすれ違わないように車を運転する事は不可能じゃないかと思うほど介護保険サービスは身近なものになった。
介護保険は今や医療制度・年金制度と並び、日本人の老後を守る大切な制度だ。これらの制度のおかげで日本人の平均寿命はついに男女ともに80歳を超え、意外と知られていないが100歳以上の高齢者は7万人以上もいる。
身体に不安を抱える高齢者は心から楽しいと思える瞬間が少ない
高齢者の生活には、遊び・趣味を行う機会が世代別で比較すると圧倒的に少ない。誰かの介助が無いと歩けなかったり車椅子での生活だったりと介護度が上がればより活動のフィールドは狭くなり、結果必要最低限の暮らしに近づく事になる。実際1年間、家とデイサービスの往復だけで終わってしまった人もたくさんいるだろう。
人は何歳になったって楽しい方が好きだと思うし、口には出さなくともできれば遊びに行きたいと思っているのではないか。実際、高齢者であっても好きなだけ遊んだ方が心身共に健康にいられるはずだ。だが果たして、誰かの介助が無いと外出できない人が家族に気兼ねなく遊びに行きたいと言えるだろうか。『申し訳なくて頼めない。』その思いでためらう人は必ずいる。
介護保険の限界
高齢者はもっと遊んだ方が良いと思うとは言ったものの実は介護保険サービスは個人の遊びや趣味の手伝いはしてくれない。生活必需品以上の贅沢品の購入の手伝いも認められないのだ。
例えば訪問介護サービスは生活に必要な食品や衣料品は購入してきてくれるが、ショッピングが好きだから一緒にデパートに連れて行って欲しいと言っても、それはできないと断られる。もちろん映画が見たくても付き添いはしてもらえないし、じゃあせめてレンタルしてきて!と思っても生活必需品ではないので認められない。ちょっとした雑誌の購入依頼すら断られた例もある。食事に関しても、普段の食事の準備は良くてもおせち料理や誕生日ケーキの購入などお祝い事や季節行事となれば介護者の手間にかかる時間に差がなくても認められない。
要するに少し言葉は悪いが介護保険は『死なないための介護』以外には利用できないのだ。
もちろん中には訪問介護サービスでこっそり融通を利かせてくれるスタッフもいると思うし、デイサービスの中のレクリエーションの時間で利用者みんなで楽しむ遊びを追求している施設もあるが個人の希望通りの楽しみを生活に取り入れるために介護保険を使うのは『制度上ダメ』なのだ。
介護保険では遊べない理由
介護保険を個人の遊びや趣味を行うための手伝いに利用できない決定的な理由がある。それは介護保険制度が紛れもない『保険』だからである。
当たり前の事だが『保険』である以上は給付に該当する『保険事故』にしか給付(支援)はできない。国民みんなが支払った保険料を財源とするのだから給付の条件を平等に統一せねばならないし、利用法に差ができてはいけない。逆に全ての要望を叶えればいいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、上限を設けずに給付し続けてしまうと、支払う介護保険料も際限なく跳ね上がってしまう。以上のような理由で介護保険サービスは必要最低限の生活支援となっている。
高齢者の望みを叶えるサービスとは
では、どうすれば高齢者の生活に趣味の時間や楽しみの時間をもっと取り入れる事ができるだろうか。もちろん一人一人ができる限り健康でいればそれで解決すると思う。
だが平均寿命がどんどん伸びる一方で、健康寿命と呼ばれる介護など人の手助けを必要としない状態でいられる年齢は、平均寿命と比較し、男性で約8年、女性においては約12年も短い。つまり今の時代の高齢者は平均しても約10年は介護を受けることになる。そうなると自助努力だけで解決するのは難しい。
そこで着目したいのが『保険外サービス』というものだ。
単純な話に聞こえるかもしれないが『介護保険』が国民みんなでかける『保険』であるために個人の自由、趣味、贅沢に使えないのだから、ただ介護保険サービスから『保険』を外せばいい。
しかし、保険を外すと言っても現行の介護保険サービスを保険を使わずに全額自費で払うという事ではなく、高齢者が本当に望む内容のサービスを作り、介護保険サービスの扱えない自由や楽しみといった部分を提供するということだ。
現在の保険外サービスは浸透していない理由
作ればいいと言ったが実は『保険外サービス』『自費サービス』『インフォーマルサービス』と呼ばれるものはすでに存在する。ただあまりにも浸透していない。
その理由の1つ目は、これらのサービスがメインで行われている事業ではないという事。一例を上げると、郵便局やガス会社の行っている安否確認サービスなどがある。内容はというとスタッフが業務で自宅に伺うついでに元気にしているかと声を掛けていくというもの。そもそも『ついで』なので普及させたいという感じがしない。
そして2つ目が介護保険にはできない『楽しさ』『趣味』に特化できていないということ。介護保険サービスと僅かな内容の差で勝負してもただの保険の効かない料金の高いサービスでしかない。それなら介護保険サービスを使った方が経済的なので誰も必要としない。
遊べる保険外サービスができれば、定年も老後も楽しみになる
統計も取らず断定的に言っていいものかはわからないが今の世の中、介護サービスは介護保険でのサービスが9割9分を占めているし、それが全てだと思っている人の方が圧倒的に多いと思う。ケアプランを作成するケアマネージャーだって保険外サービスを1つも使ってない人も多い。
だがせっかくこれだけ長く生きることができる時代になったのだから、高齢者に毎日楽しく遊んで過ごしてもらう事を目的とした心躍るサービスがどんどん出てきて、みんなが早く定年したい!老後が楽しみだ!って思える社会になる事を心底期待している。
1人の高齢者を介護施設から遊びに連れ出すためだけに保険外サービスを作った
最後に自分の話になるのだが、3年程前の事だが、ちょっとした縁で介護施設にご主人が入居されている老夫婦と知り合いになり、『介護施設では充分なリハビリが受けられないので、お勤め先がお休みの日だけでいいので主人の元へリハビリに来てくれないか。』と頼まれた。
その奥様は少し話をしただけでご主人への愛情がすぐに伝わってくる方で、とにかくご主人のためなら何でもしてあげたいとの事だった。ご自身も持病があり、通院と入院を繰り返しているにも関わらず毎日ご主人のいる施設へ通っていた。
当事者であるご主人はといえば93歳で介護施設にすでに5年以上入居されており車椅子の生活で会話はできているが間違いなく筋力や認知機能は低下していた。活動意欲もあまり感じられずこのままでは自力で動けなくなるのも時間の問題のように感じたのを覚えている。
だが奥様には『ご主人を寝たきりには絶対にしない。』という目明確な希望があり、その希望を達成するために何とかしないといけないと思いリハビリの依頼を受けることにした。3年以上歩行はしていなかったとの事だが必要な可動域訓練、筋力訓練を行なっているうちに早々と立位が安定して来た。これなら歩行器で歩けるはずだ。身体機能としての回復には少しずつ手応えを感じた矢先、問題が起きた。
ある日、いつもはにこやかにリハビリを行なっていたご主人から、『疲れた。何のためにやっとるかわからん!』と急に怒鳴られてしまった。
怒られた事よりも何のためにリハビリを行なっているかをすぐに返答できなかった事を悔やんだ。
不健康より健康がいい。寝たきりより少しでも動ける方がいい。そんな事は他人の意見で、介護施設に入居した93歳のモチベーションを保つにはあまりにも弱かった。
そこで初めて明るい将来のビジョンの必要性を感じた。リハビリと健康の先には何があるのか、なぜ頑張るのか、頑張って得られるものは何か。
きつい事、しんどい事の先は絶対に楽しいこと、嬉しいことでなくてはならない。その答えを見つけるべくご主人の趣味や昔は何を楽しみにしていたかを奥様も交えてとことん話した。
そこで分かった事は、ご主人が登山が好きだった事、今でも山の景色を見たいとずっと思っている事。
ならば簡単だ。時々山の景色を見に連れて行ってもらえるように介護施設のスタッフにお願いしよう。これで日常に楽しみを取り入れる事ができ、そのための健康を維持するためにリハビリをするんだという大義名分ができる。
しかし、安堵したのも束の間、『病院受診ならともかく、ご利用者の私的な外出に付き添うような事はしておりませんし、人員だって足りていませんのでお受けする事はできません。』と一蹴されてしまった。
介護施設はいつだって人手不足な事も、介護保険制度は万能ではない事も分かっていたつもりだが、自分の浅知恵のせいで、変な期待を抱かせてしまった。
もう後は自分でやるしかないなと思った。必ずリハビリをしながら好きな時に好きな場所へ連れて行くので少し待ってて欲しいと奥様に伝え、上司には3ヶ月後に退職する意向を伝えた。
後はそのまま本屋に会社の作り方の本を買いに行って今に至る。
その後、保険外サービスとして訪問リハビリ以外に『外出時同行サービス』というものを作った。聞こえは立派だが高齢者を遊びに連れて行くために付き添うだけだ。
現在頂いたリクエストは、買い物や散歩みたいな日常的なものから、娘さんの結婚式の付き添い(人生で初めてスーツを着て介護をした)や、宿泊を伴う旅行など様々。
結婚式、旅行なんてものは介護保険サービスに頼んだが断られたと言ってうちに来る事がほとんどだ。
付き添いがあれば何歳になっても遊べる。誰かが近くにいたり、車椅子を押すだけで可能性は広がる。ただ高齢者と一緒に外へ遊びに行くサービス。好きな所に行くのだから笑顔にならなかった事はない。
偶然目の前にいた人のために思いついた事でも何とか仕事にする事ができたので、皆さんにもアイデアに溢れた楽しいサービスをぜひ高齢者の方を笑顔にするために作って届けて頂けたらなと思う。
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