男友達を連れてレズ風俗に行った①
2019年夏。長崎。
私は砂浜に横たわって、遠くに行ってしまった呼吸を必死で手繰り寄せていた。強張った手が掴むのはザラザラと流れる砂粒ばかり。力が入らない。
都内の大学のサークルで映像製作をしていた私はその夏、活動の集大成となる長編映画の脚本を書きあげ、その撮影のために長崎に来ていた。
夕日を撮りに海に行った。そこで小道具の不備が発覚した。駐車場まで何キロあっただろうか、数十メートルだったかもしれない。走って往復したら呼吸が浅いまま戻らなくなった。女子高の10キロマラソンでは上位5%の成績を残したのに。情けなくて、伏したまま砂を何度も掴んだ。その度に砂はザラザラと逃げた。
「過呼吸だ!」「袋!」「いや袋は良くないらしい!」といった大声が頭上を飛び交っている。過呼吸、とぼんやりした頭が反芻する。中学の球技大会でかわいい女の子がなるやつ。あるいはライブ後のオードリー若林。私はかわいくも、若林でもない。
手繰り寄せていた呼吸が突如、止まった。苦しい!
地元のコンビニのレジ袋が私の顔を覆っているのだと気づいた。
取り払おうとすると妙にごつごつとした、巨大な手が邪魔をする。
その手の持ち主が彼だった。
彼は助監督としてこのロケに参加していた。
撮影班が慌てふためく中、真っ先に駆けつけて私の顔に袋を被せたのだった。
やり残している仕事を、流れ星に願い事でもするような口調で繰り返していた私に
「無理すんな」
とだけ答えて彼は去り、そのまま東京に帰った。
過呼吸に袋が良いか悪いかは私の知るところではない。いずれにせよ、過換気症候群にはまず声掛けをして落ち着かせること。医師を目指していた彼はそれを知っていたのだろう。多分。そう書けばおさまりが良いので。
その彼が今では最愛の旦那さん……はおろか、互いにひとかけらの恋愛感情すら抱かないまま。
私は彼を連れてレズ風俗に行った。