死んだ母の実家の戸籍もとるんですか?
普段の訪問は無いけれど、普通貯金口座をお持ちいただいていた田鍋佳代子さんが、先月に亡くなられたとの事で、息子さんが窓口に相談に来ていた。
葬儀は身内のみで、葬儀会社は農協ではなかったようだ。
農協の葬儀会社の場合、出資組合員かそうでないかで料金が変わるため、遺族に了解を得られれば、葬儀会社から農協に死亡の連絡が入る。
農協の葬儀会社を使わなかった場合(もしくは農協への連絡を承諾されなかった場合)、農協は死亡の事実を知るまで、数日から数か月のタイムラグが生じる。
稀な例で、故人が有名人で地域広報やTVやラジオ、新聞などによって死亡の報道があり、職員がそれを知った場合には、近親者からの知らせが無くても、相続発生の設定は行う。
田鍋佳代子さんの場合には、今日、息子さんが相談に来たことで初めて、死亡の事実を知った状況だ。
ご近所から、
「相続なら、農協さんでやってくれるわよ」
と、アドバイスをもらい、まず最初に相談に来て下さったとのことだった。
お客様フロアに回り、名刺をお渡ししてご挨拶したあと、ローカウンターに座って葬儀等の状況をお聞きした。
通夜、告別式、初七日は終わって、今度の日曜日に四十九日の法要があるとのことだった。
目安として、四十九日前後から相続の手続きも動き出すことをお話した。
四十九日を終えて、支払いや片づけも全て終わってしまうと、相続の手続きの行動を起こすのが億劫になってしまうからだ。
定型文を言う。
「みなさん、そうしてます」
必要書類のご案内の紙を出す。
一番上に書いてあるのが、戸籍謄本や除籍謄本。まずはその必要性を話す。
「亡くなられた佳代子さんの預貯金などの財産は、亡くなられた時点で、故人様の財産から、相続人のみなさん全員の共有の財産になります」
「父は20年以上前に先に亡くなっているんで、相続人は私だけです」
大変失礼ながら、内心で、口頭で言われたことだけで信用してたら金融機関失格だよ。と悪態を思ってしまった。
相続人の人たちには悪気はない。夫婦関係や親子関係は、他の誰よりも一番良く知っているはずだし、間違いのない事実のはずだから、多くの人が同じように口頭で伝えて、その証拠を求められる(疑われる)とは思ってもいない。
「はい、そうです。私も、お聞きした通り、その通りだと思っています」
まずは同意する。
「ただ、申し訳ありません、公的な書類で、それを確認させていただかないと、手続きを進められないんです」
「公的な書類って何ですか?」
「まずは戸籍謄本になります」
「じゃぁ、市役所で取ってくればいいんですね」
息子さんはちょっと急ぎ気味だ。
でも、亡くなられたのが女性だから、丁寧に、詳しく、説明をしなければならない。
「みなさんに、お話をしているのですが・・・」
一呼吸置く。
「もちろん、お聞きした内容で間違いないと、私も思っています。
ですが、世の中にはいろんな方々がいて・・・」
両手で右や左に〇を囲むジェスチャーをしながら
「結婚が、1回ではない人も、いらっしゃるんです。もし、前に他の人と結婚されていて、その相手との間に子供がいた場合は、その子供さんは、相続人になるんです。別れた相手は関係ありませんが」
「うちの親は1回だけです」
多くの場合、ここで、もう一度同じ話に戻ってしまう。
「ですから、公的な書類で、それを確認させていただいているんです」
カウンターの上の紙、必要書類の一覧の、1番目の部分をマーカーで塗る。
「佳代子様のお生まれになってから、亡くなられるまでの、いちれんの戸籍をみなさん、取っていただいているんです」
「市役所で取れますよね?」
「お母さんのお生まれになったご実家は、市内ですか?」
「いいえ、秋田です。え!?秋田に取りに行かないといけないんですか!?」
伝えたいことをご理解いただけたところで、息子さんは少し途方に暮れはじめた。
「相続の場合は、電話と郵送のやり取りで、取り寄せができます。相続人さんご本人様からなら」
「それは絶対にとらないとダメなんですか?農協さんは」
「農協は、というよりも、先ほどのお話で、家と土地はお母さんの名義になっているとお聞きしましたので、その不動産の変更のために、法務局に出す書類の一つとして必要です。農協はコピーを取らせていただければ大丈夫ですので、余分に取っていただくなんてことはありません」
「不動産の変更も、農協さんでやってくれるって聞いたんですけど」
「はい。司法書士の先生を通して、書類の作成と手続きをお手伝いさせていただけます。不動産の名義変更もありますので、遠くの戸籍の取り寄せも、司法書士の先生に一緒にお願いすることもできます。有料ですが」
「どのくらいかかるんですか?」
「10~20万前後が多いですが、不動産の評価によっても違ったり、戸籍の取る手間によっても違うので、わかりません」
「20万くらいですか?」
「わかりません。家と土地の固定資産税評価証明書を、市役所か出張所でお取りいただければ、見積もりを先生に依頼することができますが、いかがでしょうか」
「いえ、見積もりをわざわざ取っていただかなくても大丈夫なんで、その先生への依頼をお願いしてもいいですか」
問答をくりかえす内に、頼んだ方が早いと判断したらしい。
急に質問は終了し、手続きを進めることを優先するモードに入った。
息子さんも、大変な手続きとご認識いただいた様子で、着々と説明が進んだ。
最近は再婚も多い。遺言書を残さなかった故人で、死後に恨まれる人が増えてくるだろうなと、今後は不安だ。