日曜相談会で大丈夫だって言われたのに
今月1日が日曜日だったから、今日、ふつかの月曜日は2日分まとめて集金を回っていた。
忙しい。
9時前から回り始めて、6件目で10時を回ってしまった。
6件目の林さんの集金が終わって、玄関を出ようとしたら携帯が鳴った。
笑顔を絶やさず、
「あ、あとで電話に出ます。それじゃ、失礼します。ありがとうございました。またよろしくお願いします」
後ずさりしながら、
後ろ手で玄関の引き戸を引いて開け、
後ろ歩きで外に出て、
頭を下げながら玄関をそーっと閉める。
電話はタッチの差で、出る前に切れてしまった。支店からだった。
一旦、営業車に乗り込んで林さんの敷地を出て、角を一つ曲がったところで車を停めて折り返しかける。
ローンの担当をしている女性職員の辻野さんが直ぐに出てくれた。
ナンバーディスプレイで誰からの電話なのかが向こうはわかるため、直ぐに本題を話し始めた。
「辻野です。さっき電話しました。いま、窓口に袋名川地区の奥井哲さんの娘さんがご来店されてて、マイカーローンの相談に来ているんですけれど、江藤さん、何か聞いていますか?」
奥井哲さんは、毎月25日に集金にお伺いしているお宅だ。
記憶をたどる。特にマイカーローンについて話をした記憶は無い。
「いえ、すみません、特に話した記憶は無いんですけれど、娘さんがそういったお話をされてるんですか?」
「あ、いえ、私も最初に受けた訳じゃなくて、大島さんが最初に受けて、いま、応接でお待ちいただいていているんですけれど、1度、相談はしてあるっておっしゃってたらしいので、江藤さんかなと思って」
「うーん、僕は聞いていないですねぇ」
「わかりましたー、とりあえず、私の方で受けときますねー。それとも、戻ってきます?」
「ちょっと集金で手一杯なんで・・・、よろしくお願いします」
集金に専念することにした。
営業車で集金を回っていると、支店方面から自転車に乗って走行してきた女性とすれ違った。
泣いていた。
不安がよぎる。
その自転車の進む方面は、奥井哲さんの家の方だ。
娘さんとの面識は無い。でも、年齢的に奥井哲さんの娘さんっぽい。
車を停め、支店に電話をかける。
予感が当たった。ついさっき娘さんが帰ったそうだ。
辻野さんから話を聞いたところ、娘さんは昨日の日曜日に本店のローン相談会に来てくれたそうだ。
それで、「一度、相談はしてある」という話になったのかと納得。
だが、その日曜相談で応対ミスがあった。
日曜相談の当番で出勤していた他の支店の職員が、マイカーローンの審査のために必要な要件について、よく確認せずに回答してしまった事が大きな問題だった。
収入の確認をする書類について・・・。
当番の職員の人は、給与明細の1年分で大丈夫と回答してしまったそうだ。
新卒の場合なら審査に出せるけれど、奥井さんの娘さんは新卒じゃなかった。
転職して1年ちょっと。
ローンの審査のためには、会社員なら昨年までの源泉徴収票が必要になる。
昨年の働いて給与を得た5ヵ月分の金額しか、源泉徴収票に載らない。
辻野さんは、娘さんが持参した見積書を元に、返済シュミレーションをいくつか出したりして、具体的な話を進めてしまった。
話の中盤になって、収入の証明書が1年分は無いと判明し、本店の融資審査課に確認したり、保証会社のジャックスに電話で相談したが、マイカーローンは受けられない結論となり、その旨を説明し、お帰りいただいたそうだ。
すぐに伺おうか迷ったけど、時間が11時30分になり、昼食の支度中の可能性もあるから、すぐに伺うのは避けた。
昼の集金の家を回り終わって支店に戻り、伝票を立てて入金の処理を役席に回す。
午後1番で奥井さんの家に行こう。そう思っていたら、次長あてに電話が来た。
奥井哲さんご本人、お父さんからだ。
次長は落ち着いて丁寧に受け答えし、
「本当に申し訳ありません」「こちらの確認不足で」「以後、十分に気を付けるよう、本店にも伝えさせていただきます」「ありがとうございます」
と、何度も丁寧な口調で頭を下げながら応対していた。
電話が終わった後、次長が僕と辻野さんを呼んだ。
お父さんから頂いた苦情を伝えられ、辻野さんから再度経緯を確認していた。
「本店にも報告書をあげておくから」と、事後対応の説明も受けた。
「午後1番で伺おうと思っていたんですけど、どうしましょうか」
「何か、最初から予定があったのか?」
「いえ、今日は予定はありません」
「うーん、そうか、まぁ、お父さんは、来たりしなくていいって話の中で言っていたから、他に予定があるときに、改めて謝っといてくれ」
「わかりました」
話しが進んでしまってから、白紙に戻されるのはつらい。
農協として、本当に、奥井さんの娘さんとお父さんには申し訳ないと思った。