金庫運びを玄関で終わりにする。
農協のお知らせを毎月の広報誌で配布している。
その広報誌に、いつも折り込みチラシを何種類か挟んである。
折り込みチラシは農業関係の商品だけじゃない。
と、いうか、生活関連のチラシが圧倒的に多い。
棚や濡れ縁台、物干し台と竿、米びつ、芝刈り機、掛け軸、腕時計、非常用持ち出しバッグセット、マットレスなどなど。
注文は窓口に来店されたり、電話だったり、訪問時に頼まれたり。
配達は、物によって渉外担当が届けることもある。
一昨日、窓口の購買担当者から
「江藤さーん、袋名川支部の2件の配達伝票です。品物が届いたんで、職員通用口の横に置いてあります」
伝票を見る。一つは 表札 、そしてもう一つは・・・・ 金庫 だった。
金庫は重さが30kg以上もある。
お米の紙袋も、30.5kgあるけれど、柔らかいし、肩に担げる。
でも、金庫は固くて幅もあるため、肩に担ぐなんて危険でできない。
まず、1人では無理だし、万が一、無理して落としたりしたら目も当てられない。
誰かにお願いして2人で持っていこう。
その前にお客さんに電話し、今週の都合を聞いたら、2日後の今日、1日中家にいると言ってくれた。
支店の男手で、都合があったのは林原支店次長だった。
営業車に積む作業をお願いすると、
「ああ、念のためもう一回だけ電話をかけて、これから行きますって確認して」
と言われた。内心では、一昨日の電話で在宅を確認したから、それは余計な手間な気がしたけど、重い運搬を手伝ってもらうんだからと、素直に電話をかけた。
注文した袋名川支部の橋立誠一さん宅のお婆さんが電話に出た。
「ああ、はいはい。お待ちしてますよ」
若い人は共働きだけど、お婆さんはもともと在宅率が高い。
「ありがとうございます、これから車に積んで、お伺いします」
次長に在宅の確認ができたことを伝え、2人で営業車に金庫を積み込む。
橋立さん宅に向かう道中、次長が
「お客さんは若い人と住んでるんだよな?」
と聞いてきた
「はい。日中は勤めに出ていますが」
それを聞いた次長は
「金庫は玄関にお届けして、置いていくから」
と、話した。
「え?」
「まあ、金庫は特別だからよ」
「はぁ、わかりました。玄関ですね」
疑問が解けなかったけど、その場ではとりあえず話を合わせた。
いつも、どの商品を届ける時でも、玄関か縁側でのお渡しだから、改めて「玄関」という話に、僕はきょとんとした。
あ、菊藤仁子さん宅のお米の配達は、台所の米びつに入れるまでをやっているっけ。
橋立さん宅に到着し、チャイムを鳴らすと、すぐにお婆さんが玄関のすれ違い戸を開けてくれた。
次長と2人で顔を赤くしながら、懸命に玄関内まで金庫を運ぶ。
玄関の上り際に静かに置いたところで、橋立さんのおばあさんが
「だいぶ重そうねぇ。中に運ぶのお願いできるかしら」
と言った。
さっき次長から「玄関に」と言われていなかったら、いつもの癖で快諾してしまっていたところ、会話を思い出して僕は次長の顔を見た。
次長は即座に笑顔のまま
「すいません、、、。いやぁ、実は、金庫はおうちの中の、どこに置いてあるっていうのを、知ってしまってはいけないものなので、我々では玄関までの配達にさせて頂いているんです」
お婆さんは次長の満面の笑顔につられて噴き出して笑いながら
「まぁそうなの。そんな気にしなくてもいいと思うけど」
と言って、それ以上は頼まれなかった。
伝票にハンコをもらい、控えを渡して家を後にする。
帰りの車中、次長に
「さっきの言い方って良いですね」
と話すと
「おいおい、違うんだよ」
と言われた。
「金庫を中まで運ぶときは、注文時にその事も依頼を受けて、追加で別料金をもらうように決まっているんだよ。橋立さんは注文の時にその依頼もしていないし、別料金をもらってもいない。だけど、あそこでそんなお金の話なんかしたら印象悪いだろ」
てっきり、家の奥に運ぶのを面倒がっていたのかと思ったが、違ったようだ。
いや、面倒だとは思っていたっぽいけど、きちんと理由があった上での話法だった。