
注:こころが元気な時に観てください。 Netflix映画『西部戦線異状なし』

1930年の『西部戦線異状なし』は世界史の授業でダイジェスト的に観たことがありました。ラストとタイトルの意味を知った時は、かなりショックだったのを今でも覚えています…
1930年版と同じような要素はありつつ、違ったストーリー、違った角度から戦争の過酷さ、怖さをまざまざと観せつけてきます。
あらすじ
第一次世界大戦中の欧州。祖国のために戦おうと意気揚々と西部戦線へ赴いた17歳のパウル。だがその高揚感と志は、最前線の凄惨な現実を前に打ち砕かれることに。
鮮やかさを排除したカラー映像

ほとんどが塹壕や平原などの茶色、灰色の場面で構成されています。
戦場のシーンでは土煙、生気の抜けた兵士の顔、真っ白な死体など、徹底的に鮮やかさを排除していて、観ていて息苦しささえ感じてしまいました…
カラーのはずなのに、兵士の顔色だけでは生きているのか死んでいるのかさえ分かりません…それだけ土に、煙に塗れて大量の兵士が戦い続けます;;
また、歩く兵士を横から映し続けたり、顔をアップにしたカットを長く使ったりするなど、周囲の状況が分からないシーンが多いので、狙撃されるんじゃないか、地雷があるんじゃないかと常にドキドキしながら観ることになります…正直かなり身構えながら観ていたので疲れました笑
戦闘が落ち着いても汚水、死体、泥が溢れる塹壕の鮮明な描写によって、グロさとは違う方面から観ている側の精神を削ってきます。
人が一番恐ろしい?

劇中に何度か「ドゥ↓ーン ドゥ↑ーン ドゥ↓ーン」という何とも不穏な重低音が差し込まれるんですが、この音は戦場よりも上層部の人間が出てくる時に使われている気がしました。
戦場の兵士たちにとって一番の脅威は、無慈悲に作戦を押し付ける上層部だったんじゃないでしょうか…「兵士が補充される」発言やプライドのために兵士を死地に送り出す姿など、誰が観ても今作の上層部には負の感情を抱くと思います。
「国のため」という理由の頑強さと、恐ろしい強制力には心底「平和な時代に生まれて良かった」と思わされました…
戦争の虚しさ

毒ガス、戦車、機関銃、火炎放射器によって、凄惨な戦場描写が続きます。
特に廃工場?で部隊を見つけるシーンはしばらく忘れられそうにないほどショッキングでした。
こういった「戦場の凄惨さ」というのも嫌というほど感じるんですが、今作では放置された死体の山、使い捨てにされる兵士など戦場よりももっと大きな枠組みの、「戦争という行為の虚しさ」を感じました…

誰かが決めたまとまりで、誰かが決めた時間で、誰かが作った理由で、お互いに殺し合っているのが戦争なんだと思います。
「誰か」が自分であると騙して/騙されて殺し合うなんて、あまりにも虚しすぎます;;
最後に
「ただの大学生がどの目線から言ってるんだ」と思われるかもしれませんが、面白い、面白くないというよりもこの映画がまた現代で作られて、多くの人の目に触れることに意味があるんじゃないでしょうか。
多少のグロ耐性と元気なこころがあるなら、なるべくたくさんの人に観てほしい最新反戦映画です。
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
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