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12. 守れなかった朝を迎えて

空気の透きとおる朝。雲ひとつない秋晴れの空にむかって硝煙が立ち昇っている。

エルはきがくすぶる公会場の真ん中に独りで立っていた。死体のほとんどは女性、子ども、老人だった。五十人は下らない数の人間が、わずか十数分の間に生命を奪われた。死体や瓦礫を運ぶ荷車の列が、まるで葬列の予行演習のように思えて、エルは目を逸らした。

「やっぱりここに居た」

後ろから声をかけられて、はっと顔を上げる。

「もう起きていていいのか。顔を火傷したようだったが」

エレナは眉を下げて笑ってみせた。艶のあった頬は赤く腫れて、指で触れると乾いた果物の皮のようにポロポロと剥がれ落ちた。

「これくらい平気。手足は動くし、自分でごはんも食べられる……。それよりも、お爺様があんなことに……」

言葉を詰まらせてスカートを握りしめる彼女に、エルは言った。

「謝って済むと思わないが……守ってやれなくてすまない」

「バカ言わないで!」

大きく一歩を踏み出して、エレナが吠える。

「私たちは《ヘデラ・ヘリックス》の秘密を知りたいと思った、ただそれだけなのよ! テロが起きるとか、一晩で何十人も死ぬとか、微塵も考えなかった。考える余地なんてなかった。あんたは初めから誰かを守ることなんて出来なかった。今更あんたが謝っても、何の解決にもならない」

「……エレナには敵わないな」

エルはコートのポケットに手を突っ込むと、瓦礫の上を歩き始めた。エレナはその後ろをついていったが、すぐに歩みを速めてエルの前に躍り出た。

「知りたくは、ない?」

「何を」

「わかってるくせに。誰が、何のためにテロを仕掛けたかよ」

エルは肩を竦めて足元の小石を蹴った。

「都市庁の連中や、警備隊、ついでにうちの学校の危機対策班が総動員して調べても、爪一枚手がかりになるものが見つからない。素人の俺が闇雲に探して、何か掴めるとも思えない」

捜査を拒否するエルの言葉を、エレナはどこか興味なさげに聞いていた。そして、灰の積もったガラクタの山に手を伸ばした。

「おい、素手で触るとケガするぞ」

エレナは制止を聞かず、ガラクタの隙間から器用に細長いスティックを引っ張った。

「これは?」

「聖歌隊……特に、ダヴルの奏者がもっているスティックね」

ダヴルとは、両面に皮革を張った大型の太鼓である。教会の合奏はもちろん、富農どうしの宴席で一芸を披露するときに用いられる、この地域ではよく知られている楽器だ。

「逃げるときに捨てていったんだろう。なぜこれが気になるんだ?」

「変だから。絶対に変よ」

エレナのエメラルドの瞳が、鳥肌が立つほど深く美しく、輝いていた。

「私、煙と炎に巻かれながら、確かに見たの。あの地獄のような状況の中、大きなダヴルを抱えたまま避難する隊列の姿を……。もし、楽器大事さに持って行ったのなら、スティックを捨てたりするかしら。本体とスティック、両方ないと楽器として意味をなさないのに」

「なるほど。まるで、スティックよりも太鼓本体の方が大事だった風に思えるわけか。でも、極度のパニック状態で、平時と同じ理性が保てていたとも考えにくい。安価なスティックよりも高額な毛皮を使った太鼓を守ろうとしたとしてもおかしくないはずだ」

「極度のパニック状態なら尚のこと、十キロもある重たいダヴルを優先したりしないでしょう。自分の生命を守るために、まっさきに捨てて逃げるのが自然よ」

「じゃあ、一体なぜ、重たいダヴルを抱えて逃げたりしたんだ?」

エルの頭のなかで、昨晩の記憶が映像としてよみがえる。
人々の混乱に紛れて、聖歌隊の一団、そしてダヴル隊がこぞって逃げ出していた。彼らの動きに妙な違和感はなかったか。重たいダヴルを持ち運んでいたこと以外に、何か普通では考えにくいことが。

「そうか……!」

エルの脳内を一筋の電流が激しく駆け巡った。

「彼らの目的はダヴルを守ることじゃなかった……!」

エレナの裾をつかみ、エルは小声で耳打ちした。

「お前、都市庁の連中に顔が利くんだったよな。済まないけど、ひとつ確かめて欲しいことがあるんだ」

エレナは状況を飲み込めなかったが、真剣な彼の表情に押されて頷いた。

(つづく)


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