言葉くづし 12―小橋
「あー! きたきた!」
すっかり文化祭モードに変わった昼の教室。
友達とお喋りしていた美咲が手を振ってくれたので、私は笑顔を返した。美咲は私たちとも仲良しだけれど、いわゆる「陽キャ」な子たちとも太いパイプを持っている。
おめめパッチリ・スタイル抜群な彼女たちは、文化祭を前に一層の輝きを放っている。どこの教室にも必ず存在する、スクールカースト上位者特有の余裕。嫉妬しても仕方ないとわかっちゃいるけれど、「見た目は全国屈指の残念賞」の私は彼女たちの美しさにくらくらした。
私のくらくらは、どうやら教室に来たもう一人にも感染しているようで。
「冬花、あの子はどこ?」
美咲が無遠慮に尋ねてくる。私は眼を細めて、
「あっち」
そっと入口の影を指差すと、引き戸の影に身を潜める夏炉がウサギみたく縮こまった。両手に抱えたデジカメが小刻みに震えている。
その様子におやっとなった美咲は、だがすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「キンチョーしてんならしょうがないわねえ。ほんなら行くわよ、冬花!」
と強引に私の腕を引っ張り、教室のセンターへ。
「ちょっと、メインは夏炉だよ?!」
「気にしない、気にしない! みんなあー! 毎年恒例の写真撮影はいりま〜すよ〜!」
実咲の号令とともに、数多の視線がこちらに集中する。
「おおお〜!!!」
やば、みんな完全に文化祭テンションだ……!
不覚にもしっかりしなきゃいけない私がテンパってしまったとき、入口の後ろで夏炉の影がゆらっと動くのが見えた。
「冬花、カメラは?」
「ああ、実はそれが」
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
突然の高速シャッターとフラッシュの連打にみんなが呆然となる。
それは私たちも同じだった。チカチカする眼をこすって後ろを振り向くと、ぜえぜえと息を吐きながらカメラを握る夏炉の姿が。
「あ、あのお! おじゃまっ……、」
吃り・裏声・掠れ、すべてにおいて百点満点の声に、みんなドン引きする。
ああ……。
三日間も特訓したじゃんか、自己紹介。
今さらながら、夏炉の上がり症と対人スキルの問題に頭が痛くなる。
私がフォローしなきゃと口を開けると、どういう訳か美咲が口を塞いで制止してきた。そして、自信たっぷりにウインクしてみせる。
夏炉は、顔をきっと上げて叫んだ。
「一年四組、霧島小夏です! 閉会式で使う写真を撮影しにきました! どうぞよろしくっ!」
深々とお辞儀をして、早速カメラをみんなに向ける夏炉。やっぱりみんな引いていたけれど、夏炉が悪い人じゃないことは分かってくれたみたいだだった。
私の隣で美咲がふふっと笑う。このときを待ってましたとばかり、声を張り上げて高らかに宣言する。
「さあ! みんな霧島さんに協力して、バッチリ良い写真撮ってもらうのよ! 霧島さんもみんなのために、しっかり頼むわよ!」
そう言って一番にカメラの前でポージングし始める美咲。
「は、はい! じゃあ撮ります!」
夏炉がシャッターを切る。それを合図に他のみんなはカメラ目線でピースをしたり、好きなポーズを試したり、あっという間に教室中が活気づく。
実行委員の美咲を味方につけて、正解だった。
「なかなか斬新な前座だったぜ」
順番に写真を撮っていく夏炉を見ながら、どこからか冬兄が現れた。
「冬兄、来てたの?」
「計画の言い出しっぺは様子くらい見に来なきゃだろ。一応、生徒会の先生に頭下げたのは俺だったし……」
思春期ニキビの目立つ顔を掻きながら、冬兄は声を落として言った。
「ここだけの話、俺は霧島本人に頼まれたんだ。撮影中、もしも自分をいじめる連中が現れたら、まっさきに自分を護衛しろって」
「ふーん、なるほどねえ」
護衛というのは一理ある。だが、私は彼女の依頼に込められた裏の目的を察していた。
十年前、冬兄と夏炉の間で起きたエピソード。私は初耳だったけど、過去にあんなことがあったのなら、そして現在の夏炉の冬兄に対する態度を観察していたら、真意は火を見るよりも明らかだ。
護衛、か。
「うまい言葉を見つけたものね」
「ん? なんか言ったか?」
「べっつに?」
鈍感な冬兄には思わせぶりなウインクだけ置き土産にして、私は夏炉の元に走っていった。
夕方六時。私と夏炉は浅野川の河川敷に座って、たくさんの写真を眺めていた。たった二時間の撮影で三百五十枚以上。想像以上の数に驚いていた。
「まさか、みんながこんなに協力的だとは思わなかったわ」
「夏炉が頑張ってたからよ。自信もちなさい!」
肩をたたくと、彼女は顔を赤くしてそれを拒否した。
「突然褒めないでよ、まったく……! ふだんは私のことバカにするくせに」
「バカになんてしてないわよ!」
「してる! 今日だってそう。あなたが徳田くんを唆して、私から彼を遠ざけようとしてました」
「あれ〜、なんのことかなあ?」
「とぼけないで!」
やっぱり、あれ、なんだ。
夏炉もけっこう、天の邪鬼なんだ。
「もしよかったら、わたくし、双子の妹の特権であなたのキューピッドになってもいいわよ。あいつの好きなものとか弱みとか、色々握っておりますし」
「だ、だれがあなたに頼るもんですか!」
夕陽の映る浅野川には、夏炉の顔がぼやけてみえた。首に提げたデジカメをぎゅっと握りしめると、切羽つまったように私に言った。
「今度、家に来ない?」
「え?」
その初な表情は、今まで見せたことのないほど可愛いかった。
「お母さんも冬花に会いたがってるしさ。家に遊びにこないかって」
私の胸は、心臓が飛び出るかと思うほど高鳴っていた。
この世に、大好きな友達から遊びに誘われることほど嬉しいものはないのだから。
「もちろん! もちろんだよ!」
やった。よかった。
また一歩、夏炉に近づける。
そんな未来が、私には楽しみで仕方なかった。
(つづく)