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第6話 探索! Part B

「『Febri』でしょ、もちろん知ってるわ。うーんとそうねえ……。ロックで、ハートウォーミングで、エキゾチックなガールズバンド!って感じ!」

以上が、玉串斎にガールズバンド『Febri』とは何ぞやと問うたときの回答である。……ワケがわからん。

「百聞は一見にしかず、ならぬ、一聞は百見にしかず! やっぱり音楽は、自分の耳で確かめるのが一番早いよ」

斎に促されるまま、ちょうど翌日が『Febri』の定期ライブだというので、こうして放課後の体育館に向かったのであった。
前方のステージには高級そうな緞帳が降りていて、奥から楽器をチューニングする音がわずかに漏れ聞こえる。体育館には、開始三十分前にもかかわらず、すでに百人をゆうに超す生徒が集まっていた。噂どおりのすごい人気だ。

もちろん俺たちのほうは、純粋なライブ鑑賞でも暇つぶしでもなかった。後方入り口には徹が制服にトランシーバーを隠して控えているし、屋上では体育館を監視できる位置に高宮会長が双眼鏡をもってスタンバイしている。数カ月にわたり頻発した一連の睡眠事件の秘密を、学校随一の人気ガールズバンド『Febri』が握っている、というのが、会長の立てた仮説だった。

「彼女たちの音楽は以前から気になっていたの。頭の奥深くに響いてくる、いろいろな感情が沸き上がってくるような不思議な音楽よ。もしかすると、その周波数が特定の生徒を眠りに落ちさせる原因になっているのかもしれない」

会長本人が四ヶ月もの眠りに落ちたのが、『Febri』の定期ライブ直後だったことも、高宮が彼女たちを怪しんでいる理由らしい。

「彼女たちは生徒からも大人気で、校内における影響力がとても大きい。もし『Febri』の音楽が人の脳に直接作用する効能があるのだとしたら。それに、彼女たちなら楽器をいつ扱っても怪しまれないし、白昼堂々と生徒を眠らせることができるわけよ」

たしかに、会長の仮説は興味深いし、筋が通っている気がする。でも、重大な欠点があるぞ。

「でも、いまは推測の段階ですよね。人を眠らせる音楽が本当にあるのかの証拠はありませんし、まったくの見当違いの可能性もありえます」 

高宮会長は、そこがネックなのよね、と愚痴るよう吐き捨てたあと、

「だから、確かめに行くのよ。ようやく、身体もまともに動けるようになったことだし」

会長の突き出した拳がヒュンと音を立てて空を切る。

「……悪いけれど、私は下りる」

珍しく頑固な口調で、楓さんが言った。俺は彼女の顔にぎょっとする。まるで親の仇を見るかのような表情で、副会長は会長を威嚇していた。
楓さんは『Febri』のファンだと言っていたから、睡魔事件の犯人扱いをされるのが許せないのだろう。気持ちはわかる。

「まだ『Febri』が事件の原因だと決まったわけじゃありません。『聖徒会』の仕事上、俺たちは確かめにいかなくてはいけませんが、楓さんは無理しなくて大丈夫です」

俺にしては頑張ったつもりだったが、しかし他でもない高宮会長はその努力を一蹴して、

「あっそ。楓がいやなら勝手にしなさい」

と冷たく突き放してしまった。俺の立つ瀬がない。

というわけで、楓さんを除いた俺たち四人がスパイの真似ごとをしているわけである。やれやれだ。

「ねえ、聖。楓さんのこと、どう思う?」

斎はスカートのポケットに潜ませた超小型レコーダーの感度を調節しながら俺に尋ねた。この場合の「どう思う?」は、決して楓さんの美しさや可憐さのことではないと察したので、

「仕方ないんじゃないか。誰だって、自分の好きなものを否定されたら不快に思うだろ」

と真面目に答えておいた。しかし、斎はどうも釈然としない様子だ。

「う~ん……。ほんとにそれだけかなあ。二条パイセンって、秘密主義っていうか、肝心なことを絶対に言わないとこあるじゃん。だから、今回仕事をパスしたのも、他の理由がある気がするんだよね」

「たとえば?」

「それが分かれば苦労しないっ」

なんだそれ。頭のよさげな発言をしたから期待したじゃないか。

体育館の時計が午後五時を差したとき、天井ライトが一斉に消えた。
緞帳がするすると上がり、真ん中くらいまで来たところで、スポットライトが火花を散らすようにステージの演者たちを照らし出した。

伸びやかなエレキギターの第一音が響いた刹那、会場に大歓声が波のように拡がる。

ドラムスティックが拍子を取ると、それを受けてキーボードが包み込むようなメロディーを被せる。そして、エレキギターとベースによる主旋律が一挙に会場のヴォルテージを押し上げた。

「みなさーん! 『Febri』でーすっ!」

女子生徒四人の見事な演奏に、俺はすっかり惹きこまれていた。

(たぶんつづく!)


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