case01-16 :暗転
3月、日差しも暖かくなり過ごしやすい日も出はじめ、狩尾とも次第にとりとめのないくだけた会話が増えていた。
貸してる側・借りてる側の関係ではあるものの、狩尾に限らず返済日に至るまでは可能な限りは<普通の対応>を心掛けている。相手が人ということを忘れてしまうとどこまでしてしまうか分からない。
『今日は動物園いってきましたよ!』
『昨日きたお客さんが嫌で嫌で…もう出勤したくないです…』
『トーアさんこのお菓子食べたことあります??』
しかし狩尾はその中でも、どこか思わず笑ってしまうような不思議な力を持っていた。俺自身どこか楽しみにしていた、というのは正直なところ認めざるを得ない。
3月も中旬になり、25日の返済日が近づいてきた頃だった。いつものように喫茶店で人と会う頻度も上がりバタバタとし始める。年度末、そして新年度が始まるシーズンとなるとそれなりに客も多くなるものだ。
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「はい、それじゃ来月から返済よろしく」
今日もいつものように喫茶店での貸付が続いていた。時期によっては1件や2件ではなく、10件以上続くときすらあるのだ。次から次に「はい次のお客様」といった具合に相手が入れ替わる俺は、周りからどう思われているのか聞いてみたいような気もする。
背中を丸めていそいそと出ていく借主の背中をジッと見送ると、タバコを灰皿に押し付け、さきほどから鞄の中でうるさく鳴っていた携帯を確認する。
サッとスクロールすると狩尾の名前が目に飛び込んできた。思わず眉間にしわが寄る。嫌なタイミングの連絡だ。こういう連絡で良い連絡などあった試しがない。
「これ、同じのお願いします」
もう何杯目か分からないアメリカンを店員に頼むと、気が重いが渋々かけなおすことにした。残念ながら(?)2コール目を待たずに電話がつながる。
「あ、トーアさん、相談があって」
「なに。すぐ次の人がくるから長くは話せない」
一言目から様子は伝わるものである。ちなみに次の客が来るのは1時間以上先だ。
「娘が最近すごく体調崩すことが多くて、仕事に行けていないんです」
「だからなに」
「その…来週の返済について相談させてほしくて」
「どんな相談」
こういった時に自分から「じゃあこうしようか」「こうしたほうがいいんじゃないか」など甘く誘導する言葉はかけない。なんであれ自分で決めさせる。
「来週の返済なんですけど、少し待ってもらうことはできないでしょうか」
「少しって何月何日まで」
曖昧な言葉は許さない。
「たぶん5日ほど。月末までにはって考えています」
「最初に貸すときに説明もしたと思うが遅延時の話は分かってんの?」
「わ、わかってます・・・」
「ちゃんとしろよ」
「はい・・・」
特に細かい言及はしていないが、約束の期日で約束の返済額であればほぼ俺は何も言わない。ただし遅延に関しては特殊な計算方法で毎日算出して毎日連絡する。一日一日で額がガラっと変わっていく。
電話が終わるのを待っていたかのようにアメリカンが置かれる。砂糖とミルクをたっぷり入れる気にはならなかった。何やってるんだろうな。
・・・
・・
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そして、当たり前と言えば当たり前だがあの『くだらない狩尾の連絡』がぱったりと来なくなった。そうなると「貸すだ借りるだ、返せだ返せないだ」ばかりの会話しか残らないのだから寂しいものである。
貸付後のふとした時間にラインのトークルームを覗き、書き込んでは消し、何度「めんどくさ」と鞄に携帯を投げ込んだだろう。
俺からかける言葉なんぞないのだ。借りたら返させる。それ以外には何もない。当たり前だ。そういう関係なのだ…まったく本当に何を俺はやっているのか。
それから25日までの間は、忙しさにかまけて狩尾のことは頭の隅に追いやられてしまっていた。いや、実際忙しいこともあったがわざと追いやっていたのだろう。
そして25日、当日朝。ひと月の中でも比較的返済が多い日だ。
一人ずつ手早く返済時間を確認していく。基本的に返済があったあとは即出金するため、まとめられるところはまとめておきたいのだ。
遅れるとは既に聞いていたものの、狩尾も例外ではない。数日ぶりの連絡だけに妙に俺が緊張してしまったのを覚えている。
『結局、返済どうなるか教えてください』
返事がかえってくることはなかった。
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