みんなの目標は自分の決意
今日はこの記事から感化させられたことを書きます。
この記事全ての内容が金言だったが、今回は目標についてを抜粋。
目標は上司の決意であり、チェックは執念の表れである。執念のない決意は、障害の前についえ去る危険があり、制約条件と早々と妥協しがちになるのである。あくまでも執念を持って粘り抜くのだ。この粘りが、目標達成の成否を決める大切な鍵なのだ。
そのとおりだと思った。目標を達成するのは、その当人の責任ではあるのだが、目標達成を要求し、執念を持って達成に向けて向き合うのがマネージャーの役目だ。
定期的にチェックしないのならば、目標など設定しないほうがよい。きれい事の自己統制で目標管理ができるのは、「紙の上」だけの話なのである。それほど目標達成は苦しく、難しいものなのだ。
これは素直に反省しなければならない。立てただけになって、中間面談と期末面談のタイミングで目標を見直す、みたいなメンバーもいる。それはメンバーの責任だけでなく、執念を持っていなかったマネージャー、自分自身の落ち度でもある。
憂鬱でなければ仕事ではない、みたいな言葉に近しいかもしれないが、目標達成への道のりは厳しく、苦しく、難しい。さまざまな気持ちが出るだろう。それでもなお、投げ出さず執着し、達成に導くことこそが役目だ。
このようなチェックを行うと、チェックを受ける側はどのように受け取るだろうか。それは、某社の某課長が、筆者に語った言葉で代表されよう。
「従来の報告会は何も準備せずに出席できた。不達成の理由を追及されるのはありがたくないけれど、それに対して言い訳の機会が与えられる。その結果、不達成が正当化され、責任がウヤムヤになっていった。
ところが、新しいやり方は苦痛だ。伝家の宝刀である言い訳をピタリと封じられてしまい、おまけに、不達成の対策を持って会議に出なければならない。準備をしないと会議に出られない。ヒドイですよ……」
そして、その後の付け足しの言葉が傑作である。「しかし、これが本当ですね」──。
この言葉、最初はよく意味がわかっていなかった。が、何度も記事を読んで理解した。
目標達成に向けて執念持って取り組むなら、不達成はあり得ないのだ。過程は不達成だとしても、対策を持って必ず達成に導く。それこそがチェックの本質。不達成の理由は聞く必要がない。
やはり、目標達成とはそれほど厳しい。が、達成への決意と行動を背負って苦しみながらも立ち向かわなければならない。
企業は戦争なのだ。食うか食われるかの血みどろの戦なのである。その戦に何が何でも勝ち残ることこそ至上命令なのである。
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