自分探しの旅とか在るのか
在る。
僕は以前「自分探しの旅とかないでしょ」みたいに歯切れよく答えていた。
言うならば日頃の生活が自分探しの旅で、今まで数十年生きてきて、わざわざ物理空間を移動して探す次元のものではないとキメ顔で話していた。
コモディティ化した単語へのアンチテーゼみたいでかっこいいしね。
ただ、そんなことない。
ということをジェンダーマイノリティの人と話して分かり、考えを改めた。
僕は自分探しが簡単なだけだった。
社会が「僕」についてよく教えてくれていたのだ。
例えば、
男子は男子校、女子は女子校がある。ジェンダーマイノリティの人用の学校はない。
健常者、障碍者の学校はある。グレーゾーンの人用の学校はない。(あるのかもしれないけど)
みたいな感じだ。
日頃の生活で自分を探すのがハードな人もいたのだ。
なので、場所を変えて探すこともありそうだ。自分探しの旅は存在する。
「主観」という安寧の地を離れるのはなかなか難しい。僕こそ旅にでてきます。
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