「お前に言われる筋合いはない」ってなんだ?
「お前に言われる筋合いはない」って、これまで年に3回くらい言われてきたのだが、今更ながらどういう意味なのだろう?
「お前に言われたくない」ならまだ分かるが、「筋合い」ってなんだろう。知らない言葉だ。
実は今まで良く知らないで聞き流してきてしまっていた。
良く知らないのに対策も講じずにいたから「よく言われてきた」のかもしれない。
一念発起、意味を調べて対策を打つ。まずはいつものようにコトバンクさんに聞いてみた。
なるほど、筋合いとは“道理”のことなのか。以下の回でも出会って、“道理”を攻略できたと思ったのにまたでてきてしまった。
繰り返しになるが、道理とは、
という意味だ。
つまり、「お前に言われる筋合いはない」とは「お前に言われるという正しい道はない」という意味だ。
意味は分かったが、やはりこの正しいというヤツが厄介なのだ。
「正しい」とか「正しくない」とかは主観が混ざる。
イスラエルは自分達の土地という認識が「正しい」と言っているが、パレスチナも自分達の土地という認識が「正しい」と言っているのと一緒だ。
日本は「最初に尖閣はうちだって宣言したぜ!」って言ってて中国は、「いやうちの方が先だぜ!」って言い合ってるのと一緒だ。
正しさとは、いつだって主観がまじる。ある程度すり合わせはできても、他人と共有することは厳密に言うとない。
なので、話を戻すと、「お前に言われる筋合いはない!」っていうのは、「お前が俺に助言するのは正しくない!シャッターおろしますから手挟まないでね!ガラガラガラ〜!」
ってやっているということだ。手挟まれたら大ケガだ。正しさをすり合わせる暇などない。
なので泣き寝入りだ。今まで通り「お前に言われる筋合いはない!」と言われたらシュンとしてその場を立ち去ろう。
‥‥
‥いや!それじゃ面白くない!「正しさ」なんか立ち位置で決まるのだ!そんなあやふやなもんをさも当たり前のように突きつけてシャットアウトされたのだ!
しかも世に蔓延っている!
正しさの押し付けは多様性の障壁だ!誰かが動かねばなるまい、僕だ。僕が動こう。
まず閉められたシャッターをこじ開けなければならない。バールだ。これを配ろう。名付けて「筋合いとはなんだバール」だ!これを世に広めるのだ!
つかい方はこうだ!
「お前に言われる筋合いはない!」
(ガラガラ)‥‥ガシッ
「筋合いってなに!?」
「え!?!?」
こうだ!相手は面食らうだろう。案外相手も「筋合い」って言葉の詳細、知らないんじゃないか?
知ってたとして、正しさを押し付ける行為に待ったをかける気概のある奴と対峙したことなんぞないはずだ。
めん食らってシャッターを閉じる手を緩めた瞬間、バーンと開け放ち、尖閣問題と北方領土問題と竹島問題を引き合いに出して正しさの押し付けはくだらない旨を伝えるんだ。
そしたら相手はフッと笑ってこう言うんだ。
「お前も持ってたんだな、筋合いとはなんだバール」