宝塚歌劇団と安全配慮義務(労働契約でも業務委託契約でも安全配慮義務は免れない)。
宝塚の俳優死亡事件につき「業務委託契約だったが、実質的に労働契約だったので劇団に安全配慮義務がある」とのコメントを見かけますが、誤解を生まないか懸念します。
安全配慮義務は事実上の指揮命令関係があれば幅広く適用される信義則上の義務です。たとえ業務委託契約でも劇団は安全配慮義務を課されます。歌劇団が業務委託契約だと言い張っても、安全配慮義務を免れることはできないのです。
1.問題のあるコメントの例
以下の記事の弁護士コメントでは「事実上・実質上の労働契約であったから歌劇団に安全配慮義務があった」とされています。
「労働契約でなければ、安全配慮義務はない」という誤解を生みかねません。
11月11日日経新聞
「労働時間に関しては、23年8〜9月に約1カ月半の連続勤務をし、亡くなるまでの約1カ月間の時間外労働を推計すると「過労死ライン」を大幅に超える約277時間に上った。
形式上は歌劇団と出演契約を結ぶフリーランスだが、指示に従う立場で事実上の労働契約だと川人弁護士は指摘。歌劇団に安全配慮義務があったとしている。」
11月15日日経新聞
労働問題に詳しい今西雄介弁護士は「働く場所や時間が指定されるなど拘束性が高い業務は実質的に労働契約があったとみなされ、使用者側に過重労働やハラスメントを防ぐ安全配慮義務が課される」と説明する。
2.安全配慮義務は民法の信義則に基づく義務であり、労働契約(雇用契約)以外にも適用される。
安全配慮義務は民法の信義則に基づく義務であり、労働契約以外にも広く適用されます。
2008年に労働契約法ができたときに、安全配慮義務は大切な義務であるとして明文化されました(労働契約法第5条)。判例などで確立していた義務を明文化したものです。
ところが、ここから「安全配慮義務は労働契約法で定められた義務だから、労働契約以外には適用されない」と勘違いする人がしばしば見受けられるようです。
安全配慮義務が労働契約以外にも幅広く適用されることは、労働法の教科書や、労働法に関する弁護士・社会保険労務士等専門家の解説で必ず触れられていることです。
私も、エムスリーキャリア(産業医紹介の大手事業者)からのご依頼で、解説記事を執筆しました(末尾に掲載)。この記事をご覧になった損害保険会社の方のご依頼で、法人代理店や法人顧客向けに安全配慮義務の解説教材を作成したこともあります。
3.宝塚歌劇団は改めて関係者への安全配慮義務を尽くしているか見直すべき
宝塚歌劇団は、外部弁護士からなる調査報告書などを受け、事実上、安全配慮義務違反を認め、今後、真摯に対応し、実効性ある再発防止策を講ずるとされています。
今回は、俳優さんの急逝という問題がクローズアップされています。
これにとどまらず、歌劇団として、公演に携わる幅広い関係者に対して安全配慮義務を負っていることを、心に刻むべきです。
ほかにも表に出ていない問題があることは想像に難くありません。
「安全配慮義務」は会社・組織の事業に尽くしてくれる人を大切にしなければならない、という当たり前のことを纏めた言葉だとお考えください。
銅鑼猫(社会保険労務士・健康経営エキスパートアドバイザー 玉上信明)
【参考資料】
①宝塚歌劇公式ホームページより(調査チーム報告等)
②安全配慮義務の解説記事
③東京大学教授水町勇一郎「詳解労働法第8版838頁以下より
最高裁判所(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件判決)
「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、信義則上負う義務」
その後、私企業の雇用契約事案、直接契約関係がない事実上の指揮監督関係がある事案にも適用されてきている。元請企業と下請企業労働者、派遣先企業と派遣労働者、雇用契約に該当しない労務供給契約(請負,準委任契約)などにも適用される。
④厚生労働省「労働契約法のあらまし」
以上