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#15 入間市OLCビブリオバトルのレポート
1月13日(月)に入間市オリエンテーリングクラブでオンラインビブリオバトルを開催した。せっかくなので開催レポートを書いてみたい。
紹介した人物・作品
今回の紹介者は以下の5名、以下、発表した順番である。以降、それぞれの作品の魅力についてのプレゼンを私の要約でお届けする。(※発表者のみなさま、意図と異なる受け取り方・理解をしているところがあれば申し訳ございませんが、何卒ご容赦ください。)
①K・Tさん(30代、男性、ビブリオバトル企画・発案者、NY在住)
②T・T(30代、男性、この記事の筆者)
③U・Yさん(70代、女性)
④O・Mさん(30代、男性)
⑤H・Rさん(30代、男性)
① 『索引 ~の歴史 書物史を変えた大発明』 著者:デニス・ダンカン、小野木明恵(訳) 【発表者:K・Tさん】
プレゼン・議論内容
"本好き"が集い"本"を紹介するというこのビブリオバトルの趣旨に沿って、本と切っても切り離せない関係にある"索引"に関する本を紹介したい。
索引とは、本文の項目を見付けやすくするために、件名や人名、キーワード、内容の中で主要となる項目などを五十音順やABC順、数字順、あるいはエリア順など一定の順序に則って探しやすく配列し、引用箇所を指示しているページのこと。
索引は、書籍や論文、ウェブサイトなど、様々な種類の情報源に用いられている。特に、大量の情報が含まれる書籍や論文では、索引がなければ必要な情報を見つけることが困難になるため、重要な役割を果たしている。
索引は"本の巻末についているもの"というイメージが強いと思うが、WEB検索システムの根本であり現代でも非常に活発に活用されている技術である、という点は興味深い。
また、索引の歴史の過程で、"索引だけを見て本の内容をほとんど見ない"という人が増えてきて、その"安易に知識を得ようとする"風潮に批判的な態度も生まれたらしい。これは"Google検索やWikipediaで表面的な情報を得てわかった気になってしまう"という現代の風潮およびそれに対する批判的態度とそっくりで、そうした歴史の中に人間の普遍性が垣間見える点も非常に面白い。
索引技術を活用した最新の進化形態はchat GPTだと思う。現在自分たちが当たり前に活用している技術の進化とそれに対する人間の態度、という視点で捉えると面白く読めると思う。
② 『藤子・F・不二雄SF短編集<PERFECT版> 4 「未来ドロボウ」』 著者:藤子・F・不二雄 【発表者:T・T】
プレゼン・議論の内容
前回記事で記載したため、以下に記事のリンクを設けて詳細は割愛する。5分間の中では"老人が死を受け入れていく態度・人間的成長への感動"や"藤子・F・不二雄の描くSFのミュージカル性・大人が読んでも面白い奥深さ"を中心にプレゼンした。
③ 『ことば、身体、学び 「できるようになる」とはどういうことか』 著者:為末 大、今井 むつみ 【発表者:U・Yさん】
プレゼン・議論の内容
言語学の女性研究者として第一人者である今井むつみ先生と、陸上400mハードルの日本記録保持者であり"走る哲学者"と呼ばれる為末大さんの対話を記した本。テーマは"運動のやり方を教える時に、指導者は如何にして言語化したら良いか"。Uさん自身がオリエンテーリングの上達に対して"言語化によるアプローチが難しい"と感じており、感覚的になってしまいがちなスポーツの指導をどのように言及しているのかが気になって読み始めた。
元々、スポーツ指導者は運動神経が良いため、動きを見て説明されなくても再現できてしまい、結果的に"言語化が苦手で、指導する相手にわかる言葉に落とし込めない"という課題を持つことが多い。
為末さんの経験では、ハードルの飛び方を説明する時に、"ハードルの上にある襖を蹴破るように飛ぶ"という表現をしたことがあるが、襖のある家は少なくなっているなど、その表現が通じるかどうかは相手次第でまだまだ課題があった。
子供の言語獲得に関連する記述も非常に面白かった。
たとえば動詞の意味。『走る』という動詞は、人や猫や鳥といった形態の異なる動物が走っている様子を見て、"足を高速で動かして移動している様子"という抽象化した共通性を見出して"これが『走る』か!"と初めて理解できる。(もちろんこれは他に移動に関する動詞である『歩く』や『飛ぶ』や『泳ぐ』との違いも理解する必要があるということを含意している。)
"親が子供に与えられるもので最も素晴らしいものは幼い頃の読み聞かせの経験"という今井先生の言葉は、特に胸に響いた。
上記の動詞の獲得の例ももちろんだが、文章から単語を意味のある塊として抽出したり、文字を音にして認識したり、大人は当たり前にできる過程が実は難しい。大人からの"読み聞かせ"はそうした言語獲得に関する難題と向き合っている幼い子供への大きなサポートになる。
ぜひこのことはみなさんにも覚えておいて欲しい。
④ 『海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年』 著者:塩野七生 【発表者:O・Mさん】
プレゼン・議論の内容
イタリア史・ローマ史を描く歴史小説家・随筆作家の塩野七生さんの本を紹介したい。昨年行った新婚旅行の行先がイタリアだったので、歴史的な知識をつけてより楽しみながら観光したいという目的で読み始めた。全6冊と長編だったが、ヴェネツィアの街づくりや文化史を現地でより深く味わい楽しむことができたので、ぜひおすすめしたい。
ヴェネツィア共和国は、ローマ帝国滅亡後、他国の侵略も絶えないイタリア半島にあって、一千年もの長きにわたり、自由と独立を守り続けた。外交と貿易、そして軍事力を巧みに駆使し、徹底して共同体の利益を追求した稀有なるリアリスト集団はいかにして誕生したのか、この本はヴェネツィア共和国の壮大な興亡史を記載したものである。
1000年という長い歴史の中で特に印象的だったのは"後世に名が轟くほど有名・有力な議政者がほとんどいない”という世界史横断的に見ても、変わった特徴である。
これはもちろん、圧倒的な権力を持つトップを輩出しないようにシステムで抑え込む”共和国”らしい特徴ではあるが、たとえば共和制ローマでは”ユリウス・カエサル”のように誰もが知る歴史的ヒーローが生まれている。その他の共和制国家と比較しても、また、その状態で1000年という歴史を維持し切ったという観点からも、これが如何に特殊な事態であるかがわかると思う。
また書籍の中では”有力者の不審死や不審な自殺”があったことなども記されていた。これは(当時は言及できるわけないが)明らかに”有力者の暗殺”を示すものである。
これほどまでに”有力者の独走・権力の集中”を忌避する精神にはどのようなルーツがあるのか、イタリア旅行を予定している方や世界史好きの方はもちろん、1000年続いた共和国の謎をミステリーやドキュメンタリーのように紐解くようにしても、幅広く楽しめる本である。
⑤ 『蜜蜂と遠雷』 著者:恩田陸 【発表者:H・Rさん】
プレゼン・議論の内容
恩田陸という作家の小説。直木賞と本屋大賞をW受賞したとても有名な作品なので、他の作品にするかどうか迷ったが、小説好きな自分としても際立って良いと感じた作品だったので紹介したい。
ピアノコンクールを舞台として、それぞれの関わりと過去と進行を描く青春群像小説であり、4人の奏者が予選会から本選まで、それぞれが葛藤や気付きを経て成長する姿を描いている。音楽を描く作品はどちらかといえば”集団での演奏”を描き仲間との関係性の中で進行していく作品が多いが、この作品は一人一人の奏者が自分と向き合う姿がクローズアップされている。
小説の良さは世界観に没入できるところにある。どんな時代でも境遇でも、小説という媒体を通して登場人物たちの側に行くことができるところが好きだ。恩田陸という作家はその他の作品でも共通して、読者に対して世界観を表現し、引き込んでいくのが上手い。音楽にはあまり馴染みがなかったが、ピアノコンクールという世界の熱気に引き込まれた。また音楽という一見文章で表現するには難しい題材を表現する筆致も見事だった。
上下巻とかなり読み応えのある作品だが、その分、予選から本選にかけて4人の登場人物たちの心のうちを繊細かつ丁寧に描いており、物語の世界に没入し、彼らの成長していく姿に心を動かされることは間違いない。
素晴らしい読書体験になると思うのでぜひおすすめしたい。
投票結果
オブザーバーも含め、1人1票で投票した。結果は以下表のとおりである。
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あくまで私の感想だが、全く持って甲乙つけがたかった。
私は③に投票したが、小説好きとして『蜜蜂と遠雷』は以前から本屋に行くたびに平積みされていて気になっていたので今年中には読みたい。索引やヴェネツィアの歴史も気になってしょうがない。
全員のプレゼンがそれぞれの個性に溢れていて素晴らしく、普通に読みたい本が4冊(シリーズものを合わせると10冊?!!!)増えてしまった。喜ばしいことだ。
その後の議論
ビブリオバトルを終えた後の感想戦も非常に楽しかった。
歓談は最多得票を獲得したUさんの本『ことば、身体、学び 「できるようになる」とはどういうことか』を中心に”オリエンテーリングにおける技術や目標設定の言語化とその難しさ”という話題からスタートした。(Uさんには、この議論をこのメンバーでしたいからこそこの本を選ぶという目論見があったようだ。圧倒的プレゼン力に魅了されたことまで含めて全部手のひらの上で踊らされていて、もう本当に完敗としか言いようがない笑)
その後、”昔読んだ本や観た映画に再度触れた時の発見や感じ方の違い”、”1ヶ月に何冊くらい読むか”、”並行して何冊か読めるか・読み始めたら一冊だけに集中するか”といった読書に関する話題から、”新しいものを受け入れるタイプか・昔からあるやり方を好むタイプか”といった価値観に関する話題にも広がった。
企画・発案者のK・T氏はビブリオバトルのコンセプトとして”本を知り、人を知る”を掲げていたが、まさにその通りだった。
普段はオリエンテーリングを通して交流するメンバーの、また新たな一面を発見できる良い機会だったと皆が感じられたようだ。K・T氏はこのビブリオバトルについて以下のようなツイートを残している。
ワークショップ形式は一見自由度が少なく見えるが、テーマを絞って行うからこそ普段の会話では話さないような微細な気付きや発見を共有したり、それに驚きあったり、この場面設定独特の楽しさを味わうことができる。
日本時間22時でこの会は終わってしまったが、本当はもっと話したかった。
素晴らしい機会をくれたK・T氏に改めて感謝の意を表明したい。
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余談と雑感
ちなみに私は2票を獲得することができた。
いくつか実験的な試みをしていただけに、率直に言ってかなり嬉しかった。せっかくなので少しプレゼン準備とどんな心境でいたかの裏話を書いてみる。
K・T氏がビブリオバトルをしたいという構想をかなり前から私に話してくれていたので、今後も続く企画にしたいという思いがあった。初回は当然”本好き”のメンバーが集まっていることは認識していたので、どうしたらこの企画を面白いものにできるかを、”プレゼンの多様性”という方向に見出した。
初回から”漫画”はまず選ばなそうなメンバーだからジャンルとしても絶対に被らないと思っていたし、”漫画”を紹介してもいい場として定着すれば、今回出席していない人のこの会への参加ハードルが下がると思っていた。
またプレゼンスタイルも工夫してみた。
紹介する上で以下のようなアジェンダをなんとなく思いついていたが、恐らくこんなフォーマットで紹介する人が多いのではないかと考えていた。
1,タイトル
2,さらっとした選書理由
3,本の内容・あらすじ
4,深い選書理由
-心に響いた(面白かった)ポイント
-どんな人におすすめしたいか
それが続くと聞いている側が飽きてくるかもしれないと思ったので、あえて崩してみようと思った。『本の内容・あらすじ』のところを、思い切って一話の最初から最後まで話す構成にしてしまい、さらに途中から漫画を実際にめくり始めて最もグッときたセリフを朗読するスタイルとしてみた。つまり、読書体験している自分の様子をそのまま実況しながら見てもらうような恰好だ。
今回の私のプレゼンは知的好奇心よりも感情を優先したものだったし、元々自分は最初からページをめくり始めて、その場面を迎えた時に気持ちが最高潮になるので”感情を伝える”という観点では悪くないやり方だと考えた。加えて、このプレゼン方法は短編を紹介する時しかできないという考えもあって、思い切って挑戦してみた。
リハーサルをする時間が取れなかったので、説明の途中で時間が足りなくなったら『この先のストーリーはぜひ自分の目で確かめてください』とでも言って締めようと思っていたし、もし時間が余ったら、藤子・F・不二雄というほとんどの人が”ドラえもんの作者”として認識している才気溢れるSF作家の魅力を、もっといろいろな観点から伝えたいと思っていた。
結果的に時間は足りて、後者の”作者の魅力までアピールする”という内容を含めたプレゼンにできて良かった。
仕事のプレゼンでは絶対にしないようなスタイルに挑戦できてそれ自体は面白かったが、奇を衒ったことをしてウケないのは結構悲しいので、2票を入れてくれた方々には心の底から感謝している。
あと単純に、オーソドックススタイルのプレゼンではU氏やK氏に絶対に敵わないと思った、のは内緒で。
さて、ひとまず非常に面白かった。
読書は孤独な行為だ。
”友人と遊びに行く”などと比較して”一人ぼっちの暗い趣味だね”と言ってしまうような人も世間にはいる。だからこそ、本を愛する人がこんなにいるということや愛する本を紹介することを楽しんでくれる人がいることに勇気をもらえる。
”男子、三日会わざれば刮目して見よ”という言葉がある。
一人一人が、それぞれの考えで本や筆者と出会い、その体験を共有して、お互いの気付きや成長を喜び合う。これは入間市OLCというクラブでは当たり前に浸透している感覚を持っているが、だからこそこのメンバーで開催するビブリオバトルはとても楽しかったのだろう。
ぜひ他の人の紹介する本も知りたいなと思っている。
ぶっちゃけると私は身の丈に合わない難し過ぎる新書・人文学書が好きではない。うっかり選んでしまい、意味がわからず頭に入らず文字の上を目が滑り続け、全然前に進まなくて嫌になるという経験を何度もしている。まるでその”難しい本”を”先延ばししたい仕事”のように扱い、読みやすい小説や漫画を読んで回復し、もう50ページだけ頑張って読んで、疲れてまた次の小説や漫画に逃げ…ということを繰り返している。
新書や人文学書ばかりでは私は困るのだ!
次こそはぜひ、漫画でいいからおすすめを教えて欲しい!(終)