“感性的所与を生み出せる場の創造を
―生物の一種類として人間を見る(続き)―
恒常性(ホメオスタシス)
前回、人間の身体的発達はS字型の成長曲線で表わされ、定常化すると共に、正規分布で表わされるが、快適性を求めるという二次的に発達してきた欲望は際限もなく成長し、定常化することがないことをお話した。
もう一つは、生物体あるいは生物システム、特に動物の場合、不断の外的、内的な種々の変化にさらされる状態の中で、形態や生理的な状態を安定した範囲内に保ちつつ、個体としての生存を維持する装置を備えているという機能がある。例えば、私達の体温が36℃から37℃の範囲に保たれているような機能で、これを恒常性(ホメオスタシス)と呼んでいるが、種々の生物が自然環境に適応しながら恒常性を高めることで自己保存のシステムを作り上げてきた。人間も例外ではなく、外的あるいは内的刺激に対して受動的に体質を変化させてきたと考えられる。本来受動的な機能であるが、人間の場合は自己の快適性を高め、維持するために手と頭を使うことで能動的な機能を備えるようになったのだろう。
恒常性(ホメオスタシス)は、生命の維持という一番基本にかかわる問題であるから、「どうすれば快適に生命を維持することができるか」ということは、我々にとって最大、最高の命題である。人間は、自然界の生物の中で自然に対する受動的な身体適応能力からすれば最低の部類に入るだろう。それゆえ、自然科学の発達とそれを援用した技術がこの命題の最高の解答であると分かれば、これに猛進するのが人間の性であろう。特に、我国のように、自己のエゴイズムを絶対多数の中に埋没させ、皆で渡れば怖くない式の国民性の下では、絶対多数の利害と快適性を優先させるものが歯止めもなく進むことになったのだろう。
今日の自然科学と工業技術の急速な発展によって、ものの大量生産が可能になり、このことが快適性を具現化してくれる人間の唯物信仰を高めることになった結果、自然科学と科学技術が現人神となり、これを取り仕切るテクノクラートと呼ばれる権力集団によって我国は支配されてしまうことになった。物質文明のシンボルである巨大都市というバーチャルリアリティーの世界に閉じ込められてしまった現代人は、私達の祖先が厳しい自然の中で種族を守るために、「助け合い」、「おもいやり」、「やさしさ」等、人間本来の感性を育ててきたDNAのスイッチをOFFに切り替え、恒常性というシステムから除外してしまったように思える。
自然科学は、個人主義の強い西欧で生まれた学問体系である。それゆえ、自己の主義、主張、理論、実験的裏付けが極めて厳密でなければ、自己の存在はたちどころに抹殺されてしまうことになる。このように厳密な事実の積み重ねが、今日の自然科学をして他の諸科学、社会科学や人文科学を圧倒し、今日の隆盛を築いたのであろう。しかるに、我国のように個人主義では逆に自己存在を抹殺されてしまうという西欧とは対極的な世界で、物質文明という種子を実らせ、その甘い果実を貪り食らっている現状を西欧の人々はどのように見ているのであろうか。
しかし、今日の新型コロナウイルスに対する対処の仕方を見ると、正に物質文明の画一的、皮相的な本質が露呈されたと言える。自然科学の基本となっている要素還元論に基づく対症療法が悉く新型ウイルスによって否定されたことで、現代人が権威として崇めてきた自然科学信仰の
根柢が揺らぎ始めた。(続く)2020/04/15