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短篇小説「部活に来る面倒くさいOB」

「お~いお前ら、遅いぞ走れ~!」

 退屈な一日の授業を終えて昇降口から外に出ると、ひどく細長いノックバットをかついで校庭のマウンドの土を退屈しのぎに足裏で均しながら、声をかけてくる薄汚れたウインドブレーカー姿の男がいる。部活に来る面倒くさいOBだ。

 監督はいつも遅れ気味にやってくるが、部活に来る面倒くさいOBはだいたいいつも先にいる。時にはベンチで煙草を吹かしながら、「お前らは吸うなよ~」と矛盾したことを平気で言ってくる。よほど暇なのだろう。週に三日はコンスタントにやって来るのだから、どんな仕事及び働きかたをしているのかわかったものではない。

 それにしても灰皿代わりに煙草をねじ込んだ空き缶をベンチに放置して帰るのは、本当に迷惑でしかない。それを誰が片づけるのかなど、考えられるような人間ではないのだ。そもそもそこまで想像力や思いやりのある人間は、部活に来る面倒くさいOBになどなれない。

 部活に来る面倒くさいOBは、そのやる気に反してノックがすこぶる下手だ。特に締めのキャッチャーフライに関しては、一度もまともに成功したことはない。そのよろけたアッパースイングには、金魚すくいほどの確率も望めない。

 何度もみっともない空振りを繰り返した挙げ句、ようやく擦るように当たってひょろひょろと明後日の方向へと飛んでゆくレフトへのファウルフライを、キャッチャーは走って取りにいくしかない。そこで手の届くはずもないボールに飛びつく熱い姿勢さえ見せれば、なんとなく「やりきった感」が出てノックは終了となる。そこで終える本当の理由は、むしろ部活に来る面倒くさいOBの側に、それ以上いいフライを打ち上げる自信がないからに決まっているのだが。

 帰ってくるキャッチャーの胸元にたっぷりとこびりついた土を見て、部活に来る面倒くさいOBは満足気な笑みを浮かべながら「ドンマイ!」と言ってその背中を叩く。それはこっちの台詞だと、言われたキャッチャーは思っている。もちろんそれを見守るほかの部員たちも、全員がそう思っている。

 これではどっちの練習だかわからない。なのに部活に来る面倒くさいOBのノックはいっこうに上達しないのだから、口うるさく練習練習と繰り返す彼こそが、練習というものの無意味さをわざわざ証明しに来ているようなものであった。

 この学校の体育教師である監督と、部活に来る面倒くさいOBの関係性はよくわからない。お互いに敬語を遣ってはいるが、見た感じは明らかに部活に来る面倒くさいOBのほうが歳上である。皺の深さレベルが違う。

 だからといって監督が部活に来る面倒くさいOBの直接の後輩かというと、どうもそういう距離感でもなく、どちらも踏み込まない領域がどうやらある。二人のあいだに、さらには学校と部活に来る面倒くさいOBとのあいだに、どのような約束が交わされているのかもわからない。

 とはいえ人生の先輩は、明らかに部活に来る面倒くさいOBのほうである。さらにこの部に足を運び続けている年数も、どうやら部活に来る面倒くさいOBのほうが長いっぽい雰囲気がある。なぜなら彼はたまに、「前の監督のときには……」とか「そういや前の前の監督が……いやあれは、もひとつ前の監督だったかな……」などという切り出しかたをすることがあるからで、どうも現監督を外様扱いしている向きがある。

 実際、現監督はこの学校のOBではないから、彼がさも戦場でもくぐり抜けてきたような顔をして、かつての我が校野球部の歴史を語りはじめたりすると、その横で監督は如実に興味を失ったゼロの顔をする。それが甲子園の思い出だったりすればまだ説得力があるのだが、我が校は昔から強豪校でもなんでもなく、地区予選の一回戦を突破しただけで胴上げしかねない野球部のままここまで来たのだ。

 謎に包まれた二人の関係ではあるが、かつて練習に竹馬を導入するかで言い争いになり、体育館裏でとっくみあいの喧嘩になったという噂ならある。どちらが勝ったかには両方の説があるが、その直後に大量の竹馬が部活に来る面倒くさいOBの軽トラで運び込まれてきたことから、部活に来る面倒くさいOBが勝ったという説が有力ではある。

 だがこの差し入れかと思われた竹馬代は、あとから部活に来る面倒くさいOBによって個別にきっちり取りたてられ、生徒だけでなくその親たちのあいだでも不満が囁かれた。さらには結果として、この奇抜な練習によって怪我人が続出したおかげで、部活に来る面倒くさいOBの発言権はむしろやや弱まったとも言われている。

 あれから十年以上経った私はいまでも、部活に来る面倒くさいOBがマウンドの向こうから、竹馬に乗って猛スピードで追いかけてくる夢を見る。そうなれば私は限りなく腰を落としてどっしりと低く構え、その浮ついた足もとをバットで思いきり浚ってやるだけだ。

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