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「新語・流行語全部入り小説2020」

 コロナ禍ですっかりテレワーク慣れしたアマビエが、いっちょまえにZoom映えを意識してアベノマスクに香水を振りかけた。マスクに香水を振りかけたところで、においはどんな電波でも伝わらないのだから、アマビエが画面越しに映えることは一切なかった。

 本来ならば新しい生活様式だニューノーマルだと言い張って、ついでにGoToキャンペーンにもちゃっかり便乗して、ソロキャンプでもしつつワーケーションと行きたいところではある。しかし同僚のアマビエがPCR検査で引っかかり、事務所がクラスター認定されたいまとなっては、その濃厚接触者である彼女に長距離移動の自由はなかった。

 疫病退散を謳う妖怪であるアマビエが疫病にかかるなど、まさに「ミイラ取りがミイラになった」と自粛警察に揶揄されたところで、「まぁねぇ~」としか返せない。ついでに「時を戻そう」とでも言いたいところだが、あいにくアマビエにそんな能力はない。

 そんなこんなで引きこもりを余儀なくされたアマビエは、オンライン会議の合間のおうち時間にステイホームを決め込んで、第4次韓流ブームに乗り遅れるなとばかりに『愛の不時着』を観ながら『あつ森』をしていた。そういえば総合的かつ俯瞰的に見れば、『あつ森』に出てくる動物たちは皆エッセンシャルワーカーばかりだ。

 ちなみに『愛の不時着』を流しながらさらに別の何かをすることは、いわゆる「AI超え」と呼ばれ主婦のあいだで常態化しているという。

 アマビエが『あつ森』内に作り上げた自室が3密状態であることにふと気づいて、家具をソーシャルディスタンスを意識した配置に模様替えしていると、不意にインターホンが鳴ってウーバーイーツが届いた。配達員は男だが笑顔の作りかたがフワちゃんに似ていて、それはもはや顔芸と言っていい。そういえばフワちゃんは自転車のホイールについているようなものを頭にたくさんつけているから、自転車がとても似合いそうだとアマビエは思う。

 本来ならば玄関先への置き配を頼むべきかもしれないが、アマビエのような妖怪はクレジットカードの審査が通らないので対面で現金を払うしかない。アマビエはバスケットに入ったハンバーガーとポテト、そしてコーラを受け取ると、代金をフワちゃん改めフワくんにおっかなびっくり手渡した。

 そのときこのバスケットは返却の必要があるのかとアマビエが訊いたのは、もし返すべきカゴを返さなければカゴパクになってしまうと懸念したからだ。それは処分してもらって構わないとフワくんは言った。そして続けてこうも言った。

「あの~、NiziU円足りないようなんですが…」

 ピッタリ渡したつもりの小銭が、どうやらNiziU円足りないようだった。しかしアマビエにはそれが手持ちの全財産であり、キャッシュレス決済の手段も何ひとつなかった。

 アマビエは迷った末に、ひとつの提案をした。ハンバーガーセットのおまけについてきた『鬼滅の刃』グッズのキーホルダーを返すので、そのぶんNiziU円おまけしてはくれないかと。そのキーホルダーには鬼滅の「滅」の字が大きくプリントされており、妖怪であるアマビエにとってそれはけっして縁起のいいものではなかったのである。

 世の中そんなにうまい話があるものではない。しかし意外なことに、フワくんはあっさりとその要求を了承し、キーホルダーをポケットに入れてそそくさと引き返していったのであった。

 アマビエはソーシャルディスタンスを無視して恩返しのハグでもしてやりたいくらいだったが、フワくんはそんなのは願い下げとばかり、すでに自転車を走らせていた。彼はそのキーホルダーがオークションサイトでNihyakU円以上で取引されていることを熟知している、いわゆる転売ヤーでもあったのである。

 アマビエがハンバーガーとポテトの入ったバスケットとコーラを持ってテーブルに戻る。そしてハンバーガーの包み紙を開けると、口を開けてハンバーガーを迎えにいく途中で、アマビエはふと異変に気づいた。

 注文したのはたしかに、BLTつまりベーコンレタストマトバーガーだったはずだ。しかし目の前にあるバンズのあいだには、ベーコンとレタスこそ挟まっているものの、トマトの赤が見当たらなかった。そしてその代わりに、もう一つレタスと同じ緑が挟まっているのだった。それはレタスに貼りついた元気な青虫であった。

「これではBLTバーガーじゃなくて、ベーコンレタス虫バーガー、つまりBLMバーガーじゃない!」

 人間ならばそう怒って当然のところだが、アマビエはそもそも妖怪であって、虫など苦手でもなんでもない。彼女は窓を開けて青虫を外へ逃がすと、虫がついているのはレタスが新鮮な証拠とばかり、勢いよくバーガーにパクついた。

 そしてすべてを食べ終わると、つごもり生活ですっかり習慣化した腹ごなしの運動に取りかかった。先ほど見た青虫の影響か、いつもよりクネクネと腰をひねりながら。これを「BLM運動」と呼ぶかどうかは、いまのところ定かではない。


《新語・流行語大賞2020 候補語一覧》

1. 愛の不時着/第4次韓流ブーム
2. 新しい生活様式/ニューノーマル
3. あつ森
4. アベノマスク
5. アマビエ
6. ウーバーイーツ
7. AI超え
8. エッセンシャルワーカー
9. おうち時間/ステイホーム
10. オンライン○○
11. 顔芸/恩返し
12. カゴパク
13. 鬼滅の刃
14. クラスター
15. 香水
16. GoToキャンペーン
17. 3密(三つの密)
18. 自粛警察
19. Zoom映え
20. 総合的、俯瞰的
21. ソーシャルディスタンス
22. ソロキャンプ
23. テレワーク/ワーケーション
24. 時を戻そう(ぺこぱ)
25. NiziU(ニジュー)
26. 濃厚接触者
27. BLM(BlackLivesMatter)運動
28. PCR検査
29. フワちゃん
30. まぁねぇ~(ぼる塾)

※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機でのみ書かれたフィクションです。

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