2020年12月の記事一覧
短篇小説「言わずもが名」
かつてはこの国にも省略の美学というものがあった。
たとえば俳句。に限らず会話や文章、そして商品のネーミングに至るまで、語られていない行間にこそ価値がある。そこに粋を感じる悠長な時代がたしかにあったのだ。いやあったらしい。私はそんな時代は知らない。物心ついたときからすでに、省略は不誠実と見なされ罰せられる、何もかもが説明過多な時代がすっかり完成していたのだから。
もちろん説明過多というのは
短編小説「キュウリを汚さないで」
工場の真ん中にテーブルがある。テーブルの端で男Aがキュウリに泥を塗っている。
その隣の男Bがたっぷり泥のついたキュウリを受け取ると、シンクへと走りそれを丁寧に洗う。男Bはそのキュウリを、シンク脇に引っかけてある泥まみれの布巾で拭く。キュウリは再びドロドロになるが、このドロドロは男Aがもたらしたドロドロとは何かが違う。何が違うのかは誰にもわからない。
ドロドロのキュウリを預かりに男Cがやっ