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「なぜか胸を張れない…」当たり前の家族観を揺さぶる「専業主夫」の実態『ぬくとう君は主夫の人』

【レビュアー/工藤啓

「専業主夫」はどれくらいいるのか

日本に「専業主夫」として家事や育児に専念する男性は、少し前のデータですが16万人前後のようだ。( KBS WORLDより引用 )

共働き家庭が当たり前になっていくなかで、家事や子育ての分担、負担はまだまだ女性が大きく担っている一方、「専業主夫」という家族の形も少しずつ増加している。

家族の在り方は多様であり、どのような役割分担が正しいということもない。しかし、専業主夫家庭が少ないなかでは、その実態は見えてこない。

『ぬくとう君は主夫の人』は、まさに見えづらい「専業主夫」の実態を示した社会的な漫画に他ならない。本書の「主夫」を多面的な視点で眺めることで、読者が「当たり前」と捉える家族観に揺さぶりをかける。

外では胸をはれない専業主夫という問い

自宅の家事や炊事、子育てにおける役割分担はパートナー間のコミュニケーションで決定されていく。もしかしたら、コミュニケーションで解決しようとしたら、埒が明かないため諦めて自分がやっているということもあるだろう。

それでも朝から晩まで、定期的に発生するものから、不定期・イレギュラーに発生するものまで、どちらかがやらなければならない(外部化もどちらかが発注、依頼する事になる)。

主人公のぬくとう君は、小学生の娘のことを含めた「稼ぐ」以外のほぼ担っている。

食事も掃除も、子どもの送迎も行う。隙間時間で料理教室に通って腕を磨くことも、風呂床の水垢も歯ブラシで磨く。

ハブラシでも取れない汚れには、重層スプレーをかけ、その上にクエン酸をスプレーしてと、細やかにタスクをこなしていく。家事を通して家族と会話している感じ、相手が喜んでくれるのが嬉しい気持ちがモチベーションでもある。

やることは山ほどあって 毎日あきない ただ 家事は楽しい方がやればいい こんなに楽しいのに外ではなんで胸をはれないのか

生きづらさは社会が作る

毎日楽しく主夫生活をしている主人公の「こんなに楽しいのに外ではなんで胸をはれないのか」という問いは、さまざまな生きづらさを形成する私たちの社会の側にある。

それは善意の顔、悪意の顔の区別なくやってくる。空気によって作られる「何か」は、私たちが生きづらさから抜け出すきっかけを預けない。

娘のバレエ教室で出会ったママたちとの関係は悪くない。しかし、衣装づくりの際にはさっと善意のLINEメッセージが来る。

あっ ユーカちゃんのパパは 難しいと思うのでムリせず(スタンプ) うちらで代わりに作りますのでー!

自分も協力したいとメッセージを作成するも、送ったのは「すみません!!どうぞよろしくお願いします(スタンプ)」だ。みんなからOKスタンプをいただく。

バレエスタジオのお迎えは外で待つ。関係のできているママ友からは自然な風景だが、他の親からは不満の声が漏れる。自分の娘に話しかけながら、ぬくとう君に聞こえるようにしているのだろうか。大人同士ならそれで喧嘩しなくても、子どもに伝えれば、それが子ども経由で広がっていく。

こうして子どもたちのなかには「主夫」はおかしいのではないかというバイアスが育まれていく。

生きづらさは地域社会からだけではない。学校もまた同じである。お父さんがいつもで出てくるのはおかしいという子どもの家族観は、「父子家庭」という状態を示すことばが、からかい、いじめ、個人を誹謗中傷する道具に変わる。

言われた側は、父子家庭でないことや、父親が専業主夫であることを、言語化できない。仮に言語化しても、受け手がそれを受け取る気持ちや、受け取れる言語力がなければ何も変わらない。

そのような学校生活について、教師の側も不用意な、「専業主夫」に問題があるようなニュアンスを突き付ければ、どれだけ家庭内でのバランスが取れていても、外側からの歪みと軋みを完全に排除するのは難しい。

これ以外にも親族や知人、職場を通じて「専業主夫」が当たり前でないこと、標準性から外れていることが突き付けられていく。これこそが社会が生きづらさを作るプロセスである。影響は家族、子どもたちに向かう。

では、どうすればいいのか

さまざまな生きづらさを生み出す周囲からの問いかけに、本書は小さな解決案を提示する。それは特効薬にはならないかもしれないが、まさに問題の渦中にある当事者の近くにいる私たちができることだ。

価値観を否定しないこと。心理的安全をもたらす関係性であること。ときに解決策を考えるのではなく、傾聴に徹すること。本当に危険なときには一緒に闘うこと。

本書は「専業主夫」という世界観を描いた漫画であるが、個人の価値観を否定しようとする社会の側に対して、どう抗っていくのかを読み取ることができる。

さまざまな悩みや不安を抱える友人、知人がいたとき、ぬくとう君や、ぬくとう君の周囲にいるひとたちのように、常に「では、どうすればいいのか」について寄り添って考える姿勢、そういう存在に誰もがなっていけるはずだ。


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