夢を叶える夢を見た『舞妓さんちのまかないさん』 変わる人間と「変わらない味」の日常料理の強さ
人間は変わる、変わらない日常の料理の力とは
去年の夏に母親が亡くなったのですが、その日になにを食べていたのか、その翌日なにを食べていたのか全く憶えていません。葬儀とか遺産の相続とか、保険の手続きとか、いろいろな非日常のなかで、我を忘れていました。なにかに没頭することで母親がいなくなったことの喪失感を忘れようとしていました。
そうやって母親がなくなってから記憶がほとんど欠落しているなかで、初七日が終わって父親が夜遅く、来客の後片付けをしていた僕に作ってくれた素うどんだけ、正確に言うとその出汁の味だけをよく憶えています。父親が、末期のガンだった母親を家で看取ろうと、料理をすべて家で作っていました。それで母親のうどんの出汁の味を母親自身の口から聞いて再現していたんですね。
なんかこう、僕は疲れたなあって感じるとき、山岡さんとか海原雄山のような人が現れて、自分の抱えている問題を食事で解決してもらえるなんてことは全然ないけど、いつもの味を食べることで日常に戻れて、それで救われるってことは人生に何度かあると思います。
前置きが長くなりましたが、今回紹介する『舞妓さんちのまかないさん』では、舞妓さんという、究極の非日常空間での毎日を、「日常の食事」でサポートするまかないさんのキヨちゃんという女の子が主人公です。キヨちゃんは同じ青森出身の舞妓さん、すーちゃんを「日常の食事」によって元気づけたり癒やしたりします。青森の日常のおかず、イカメンチやひっつみ汁、ハンバーグ、親子丼、からあげ、やきそばのようなメニューが物語の「おかず」になっています。
人間って毎日変わっていくし、個人をとりまく環境も変化していきます。だから逆に変わらない味の日常の料理が、ひとからつよい感情を引き出したり、癒やしになったりします。『舞妓さんちのまかないさん』はそんな日常の料理の「強さ」を感じさせてくれる物語です。
夢を叶える夢を見た
内館牧子さんが幻冬舎から出している、エッセイとノンフィクションの中間のような『夢を叶える夢を見た』という本があります。夢に向かって飛べた人、飛べなかった人、不発弾のように夢を抱えて生きた人、爆発させてしまった人、それぞれについて、実際に内館さんがインタビューして書いています。
この『舞妓さんちのまかないさん』のもうひとつのおおきな特徴は、「舞妓さんになる」という「夢」を諦めた主人公が、その夢を追いかける親友をサポートする物語だということです。「夢を叶える」ことをあきらめて、友達の夢を応援するという主人公の生き方は、すごくリアリティがあります。しかもこれが少年誌で連載されていることに驚きます。
花街という特殊な世界で、舞妓さんという「夢」をあきらめて、まかないさんとして友達の夢を応援するというオンリーワンな生き方の主人公のキヨちゃんと、舞妓さんとして果敢に競争に挑み、ナンバーワンを目指すすーちゃんの人生の対比がとても面白いです。
それに、京都の花街でどうやって舞妓さんたちがどんな着物を着て、どういうふうに生活しているのかという純粋な興味を満たしてくれるとろこも嬉しいです。着物の作画はきっと大変でしょう。すごく丁寧に描き込まれています。
『舞妓さんちのまかないさん』は、「ハレ」の料理を描かず、最初に見つけた「夢」を諦めた主人公の物語です。変化の激しい、紆余曲折の人生を生きている、ほとんどの社会人にとって、デスクの見えるところに置いておくだけでなんとなく力がでてくるような本です。
WRITTEN by 角野 信彦
※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載
※東京マンガレビュアーズのTwitterはコチラ