少女漫画の母親に「聖母」はいない?「子どもは親の所有物」という毒親性について考える『微糖ロリポップ』
【レビュアー/和久井香菜子】
とりあえず和久井はこの作品がねじれ上がるほど好きです。
少女漫画脳をかき乱す刺激物がいっぱい入ってます。
以前、友人が入院するというので、病院名を聞き出して『微糖ロリポップ』全巻セットを病室に送ったことがあります。きっと入院生活楽しくなるだろうなと思って。そしたら、「AVでも送られたのかと思って、家族のいる前では開けられなかった」と言われました。
一体人をなんだと思ってるんですかね。
でも読んだら案の定どハマりしたみたいです。めでたしめでたし。
スパダリではない恋愛もの
まず最初に、女子高生の円(まどか)の両親は、宝くじで1億円当てます。それでヤンキーだった2人は一念発起、医者になることにするんです。女と多浪生を不正不合格にする日本の医大で彼らが医者になれる確率は1ミクロンもなさそうだけど、まあそんな感じで話が始まります。
『微糖ロリポップ』(池谷理香子/集英社)1巻より引用
この作品のすごいのは、これが話の主題じゃないとこです。
両親が受験勉強をするため、円は父親の知り合いのお金持ちのおうちの離れを間借りすることになります。その家の息子が、中学生の知世(ともよ)。
少女漫画に登場する「お母さん」像とは
さて少女漫画では、「すてきな聖母のようなお母さん」はほとんど登場しません。子どもをほったらかして男と遊び歩いたり、結婚式当日に別の男とやっちゃったり、やらかしてるのが多めです。
なぜかって、「お母さん」は、読者である少女たちの未来の姿だからです。今、自分たちが現実で切磋琢磨して葛藤の最中にいるのに、突然あんな聖母みたいなのになれますか。とくに娘と母親の間には葛藤が生まれることが多いと言われています。
それは父と息子との関係の比ではないとか(『母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか』より)。自分と母の関係を考えたら、聖母として描けないのも当たり前ですね。
『銀河鉄道999』(松本零士)の鉄郎や『ピグマリオ』(和田慎二)のクルトなど昔の男性作家の作品を見ていると、お母さんたちがみんな処女受胎でもしたのかってくらい人間味がないです。
で、問題は知世のお母さんです。
彼女は知世を産むときにたいそうな難産だったと言って聞かせ、家族に興味がない夫を精神的に捨て去って、知世をコントロールしたがります。習い事、交友関係、趣味、生活のすべてに口を出して、「自分の気に入ること」以外、知世に許可を与えません。
『微糖ロリポップ』(池谷理香子/集英社)1巻より引用
日本では、「子どもは親の所有物」という感覚が強く、子どもの人権が守られにくい。和久井が知人の子どもに「仮面ライダー見てる?」とか話しかけても、その親が答えてくることがよくあります。
私は仮面ライダーを見ているか事実を知りたいのではありません。子どもの言葉を引き出そうとしているんですが、シャシャってくる親のなんと多いことか。
子どもの頃は母親の過干渉を愛情だと思っていた知世も、だんだんと窮屈に感じるようになっていきます。彼女の呪縛から逃れたいと思っていたころに出会ったのが円です。知世は、明るくて素直で、細かいことを気にしない円に強く惹かれていきます。
『微糖ロリポップ』(池谷理香子/集英社)2巻より引用
ふたりの関係にとにかく疼く
だけど知世が円を好きなほどには、円が知世を想ってくれないことに、どんどんと知世は苦しむようになっていくんです。
このあたりはもー読んでいてゴロゴロと床を転がりたいほど切ないです。
男女の機微や恋愛にうとい円は知世に積極的に迫ることはありません。知世も、年上の円をリードするなんてもちろんできないし、円が自分を弟のようにしか思っていないと感じて踏み込めない。
でもふたりは、ほかの誰よりも一緒にいて安心できて居心地がいいことも知ってるんです。ふたりがキャッキャイチャイチャしてるところも最高です。
前戯に移行しないスキンシップが多めなのもよき。
『微糖ロリポップ』(池谷理香子/集英社)2巻より引用
っカーーーっ!
この初恋な感じ、胸の小鳥が疼きますね!
とりあえず和久井は、頭がよくて世をすねた感じのアンニュイひねくれ男子が大好きなので、知世はドンピシャで好みです。しかも知世ときたら、子どもなんだけど妙に冷めてて理性的で、だけど人の話はよく聞いてくれるし、めちゃくちゃ大人っぽい。策士! 策士!
その他、円の両親とのゴタゴタがあったり、円がクラスメートにフラフラしたり、知世がやさぐれて別の女と付き合ったり、まあいろいろスパイスと小ジャブが繰り出されます。
胸を疼かせたいかた、一緒に疼き仲間になりましょう。