渋いおっさんが現代ツンデレキャラの最高峰に立ってしまった、古き良き新時代(?)の寿司漫画が熱い『寿エンパイア』
【レビュアー/兎来栄寿】
「かわいい」は「正義」。
男女問わず、「かわいい」は強い興味の対象。故に、「かわいい女の子」はある意味で地上最強の生物です。
漫画界においても、いかにかわいくて魅力的なヒロインを生み出すかは人気に直結する要素で、『からかい上手の高木さん』以降その傾向はより顕著になっているように感じます。
しかし、そんな時代に一石を投じる、「かわいい女の子」を差し置いて「渋いおっさん」がダントツの人気を博している異様な作品が存在します。
それが、今回紹介する小学館のマンガワンで2019年9月から連載が開始された『寿エンパイア』です。作者は、過去に松本潤さん主演でドラマ化もされた『バンビ~ノ!』を代表作とするせきやてつじさん。
その『寿エンパイア』に登場する男、児島渡が今日の話題の中心です(私の脳内の金田が「さんをつけろよデコ助野郎」と叫ぶので、敬意を払って本記事でも児島さんと呼ばせていただきます)。
『寿エンパイア』の児島さん
児島さんが世間に広く知られることになったのは、2021年6月にある呟きがバズったことでした。その呟きは作者であるせきやさんにも届き、1.1万RT・3.7万いいねという驚くべき数字となりました。
ここで紹介されたシーンこそが、児島さんの人気の理由、そのコアとなっています。
最初は主人公のことを「放火魔の息子」呼ばわりし、ひどい悪態をつきながらも、その後には長年培ってきた確かな技術と知識を元に非常に懇切丁寧な指導を行ってくれる児島さん。
よく引き合いに出されるのは『美味しんぼ』の海原雄山や『ラーメン発見伝』のラーメンハゲこと芹沢ですが、語弊を恐れずに言えば児島さんは令和の惣流・アスカ・ラングレー。現代ツンデレキャラの最高峰なのです。
その後も児島さんは、口は悪いものの端々で主人公のことを気にかけてくれる様子を随所で見せてくれます。主人公が奮戦している中継映像を、日々忙しいであろう中でしっかり観ている児島さんが1コマだけ描かれるなど非常にさり気ないデレが高ポイントです。
『寿エンパイア』には、一応純粋なヒロインポジションのかわいい女の子たちも登場するのですが、その子たちが温泉に入る回ですらサムネイルは児島さん。そして読者も「児島さんをサムネイルにしたら解ってても釣られてしまう、卑怯!」とそれを歓迎している状態です。
また、マンガワンでは休載時に作者がイラスト等を掲載することがあるのですが、そのメインにも主人公を差し置いて児島さんが据えられているなど、内外で児島さん人気は高まってきました。
なお、昨年6月の時点では「児島は善人ではない」とせきやさんによって明言されていました。
しかし、その潮目が一変し、そして児島さん人気が更に爆発することになったのは昨年末に発表された児島さんが主役の「番外編① 鬼神」です。
マンガワン(小学館)より引用
このお話は単体でも完成度の高い古き良きグルメ漫画として楽しめますので、とりあえず読んでみてください。
この番外編は「児島さん、やっぱり良い人じゃないか!」となると同時に、児島さんのバックボーンにあるものについて更に興味関心を湧き立たせられる内容となっていました。こんなキャラを皆好きにならない訳がなく、元からあったカルト的な人気を更に一挙にブーストすることとなりました。
ベジータや飛影のように、連載を経て当初とは性質が変わっていった大人気キャラクターは枚挙に暇がありません。読者のリアルタイムの反応も受けて、作者の最初の意図とは変わりながらもより魅力的に息衝いていくキャラクターが誕生するのも連載作品の醍醐味と言えるでしょう。
なお、児島さんの声はせきやさん曰く中村悠一さん想定だそうです。
ずるいですね!
ツンデレで、優しくて、実力は作中随一で、声が中村悠一さんって! どんな乙女ゲーのメイン男子ですか。既に水面下では動いているかもしれませんが、映像化された時に中村悠一さんの声で動いている児島さんが見られたら良いですね。
児島さんだけじゃない!寿エンパイアの魅力
ここまでは児島さんがいかに魅力的でいかに人気かを語ってきましたが、『寿エンパイア』の魅力は児島さんだけではありません。その他の魅力についても語っていきましょう。
1.王道グルメ対決マンガとしての熱さと脇役の魅力
『寿エンパイア』はネタ抜きでも純粋に面白く、ベテラン作家であるせきやさんの巧さを随所で感じられる質の高い作品です。
第1話から、いきなり老舗寿司屋の若旦那が裏で従業員と情事を営みながら厨房ではパワハラを働くというロケットスタートで、序盤は「寿司版『バンビ〜ノ!』」感が全開でした。『バンビ~ノ!』同様、職人業界における厳しい上下関係の行き過ぎにより発生する各種ハラスメントが濃ゆい絵柄で描かれるため、入口では少し人を選ぶかもしれません。
しかし、中盤以降は爽やかな戦いが多くなり、敵側の背景や思想もかなり丁寧に描かれるようになります。その結果、熱い寿司勝負を純粋に堪能できるようになっていきます。深く感情移入してしまうようなエピソードも多く、「ここで彼が消えてしまうなんて、何て惜しいんだ」「できれば勝って欲しかった」と思わせてくれるキャラクターがたくさん出てきます。
そして、児島さんのみならず格好良い・渋い、いい味を出しているおじさんたちも複数登場。「おっさんが格好良い作品は良い作品の法則」に基づいても、『寿エンパイア』は紛うことなき名作です。
2.印象的なセリフ回し
随所で熱い名ゼリフも繰り出されるのですが、個人的に特に好きなのは主人公の母親の教え。
「この世の中で一番大切なものはねーーーーーー愛と平和。
それ以外は大した事ないよ。気にしなさんな。」
そう語りながら握ってくれた寿司を食べて、主人公の芯ができあがっていった様。そこを軸に寿司で真っ直ぐに戦い続ける主人公は、最初こそエキセントリックに映りましたが今では非常に魅力的です。
一方で、敵側のセリフも
「金持ちも貧乏人もお人好しも悪人もーー
旨いものを食ってる時はただの動物だ」
など、印象に残るものが多いです。動物になってもいいので、作中の美味しそうな寿司の数々を頬張ってみたい。
3.迫力ある絵とカラー演出
本作では、ハワイで育った主人公を始め、独特のアクションで寿司を握るキャラが複数登場します。その派手なアクションと、せきやてつじさんの高い画力は非常に相性が良く、時には鬼気迫るような迫力があります(一部はシュールな笑いを生み出しているところもありますが、それはそれで好き)。
また、web連載であることの強みを生かして、ここぞというシーンではフルカラーになる演出がちょくちょく含まれます。
『寿エンパイア』(せきやてつじ/小学館)1話より引用
これが、寿司のシズル感を増しているところもあり非常に効果的に使われています。
さまざまなメジャーな魚からマイナーな魚までを用いた、時に伝統的な、時に型破りな寿司たちも蘊蓄的にもヴィジュアル的にも楽しみのひとつです。
4.編集もノリノリ
連載時、主人公が左遷された時のアオリ文では
「ここは地獄の何丁目!? 泣く子も逃げ出す、寿司インフェルノにようこそ!!」
という強烈なものがありました。
マンガワン(小学館)より引用
マンガワンでのサムネイルでもこうしたものが時折作られており、担当編集者の方もいかにノリノリでせきやさんと共に良い仕事をしているかが伝わってきます。
5.食糧問題にメスを入れる最新の展開が熱い
※ここからは連載最新部分の軽いネタバレになるため、気にする方は飛ばしてください
皆さんは、「SUSHI SINGULARITY」というものをご存知でしょうか。
「フードファブリケーションマシーン」
「フードオペレーションシステム」
「ヘルスアイデンティフィケーション」
の3つの技術を基幹として、顧客の遺伝子・腸内環境・栄養状態等のパーソナルデータを元に最適化した状態で、3Dプリントで出力した既存の概念を覆す未来寿司を提供する超未来寿司屋です。
SUSHI SINGULARITY | OPEN MEALSより引用
『寿エンパイア』では、この「SUSHI SINGULARITY」と公式にコラボして、作中にこの未来寿司が登場します。
通常では、こうしたハイテクノロジーを駆使する敵役というのは技術やデータに溺れてそれを超えた人の心の動きを軽視するところが弱みに繋がりがちなものですが、面白いのは『寿エンパイア』ではこの未来寿司を駆使して戦う青年が非常に義に依っているところです。
人類の食糧問題という難問に寿司を通して挑んでおり、人類社会により良い価値をもたらすための起業を行う者の物語としても非常に興味深く、応援したくなります。実際、ここで登場する培養鮪は、近い将来非常にメジャーになる可能性があります。私もこの寿司はぜひ一度食べてみたいです。
古き良きグルメ漫画の味わいもありながら、令和の時代における最新のテーマも取りこぼさず扱っていく熱心な姿勢が『寿エンパイア』という作品の価値を一段と高めています。
終わりに
児島さんのような突き抜けたキャラクターの魅力に目が行きがちですが、『寿エンパイア』は中身を見ても質実剛健で、今非常に面白い漫画のひとつです。連載1話目からリアルタイムで読んでいる身ですが、間違いなく今が一番面白くなっています。
いずれ『バンビ~ノ!』のようにメディア展開がされれば一般層にも広く波及しそうですし、寿司というテーマなので海外でも人気が掴めそうです。
今後どんな寿司が出てくるのか、児島さんはどうなるのか(何だかんだそこは大事)、ますます楽しみです。