「介護はビジネス」と断言する経営者が描く介護施設のあるべき未来とは『ラヴィアンローズ バラ色の余生』
【レビュアー/兎来栄寿】
昨年末、政府がITなどを駆使して介護施設の入所者3人につき少なくとも1人の職員を配置する現行基準を見直し1人で4人に対応できるように緩和する案を調整する、というニュースが流れると大きな話題となりました。
私自身も自宅で数年間祖父の介護に携わった経験があり、また親類縁者に介護従事者もいて介護がどれだけ心身を磨り減らす割に報われない大変なことか身に染みて味わっているため、関心の高いテーマです。
今後、高齢化社会が進むにつれて需要が更に伸びていくことは明白なので、テクノロジーの力も利用しながら介護事業の生産性を高めていくことが大事であるのは確かです。
しかし、その実効性も不明瞭な状態で現場で働く人の実質的な負担が増えることは忌避すべきですし、何より現在の介護従事者の待遇改善こそが何よりの急務でしょう。
とある施設では基本的にペースト食の入居者が、本人によりお刺身を常食として提供して欲しいという希望が出され、医師の了承の下で提供したものの誤嚥による死亡事故が発生し、裁判で多額の賠償責任を負ったというような事例もあります。
日々トラブルも多発する中で人手は足りず思考力も体力・精神力も削られていく。普通に真面目に働いていても、いざ何か起こった時には人生が終了してしまう程の責任を負わされてしまう。しかも、それでいて給料は安い。結果的に就きたくない仕事ランキングの上位になってしまっているのが現実です。
かつて、マンガHONZ超新作大賞2014というアワードで『空也上人がいた』が選ばれてから7年が経ちました。
『空也上人がいた』は、特別養護老人ホームで働く若者が理不尽な状況下で入居者を殺してしまう物語です。その際に作画を担当した新井英樹さんが「若者はもっとキレてもおかしくない」と語っていたことをしみじみと思い出します。
そんな折、昨年の11月19日には「保育士等・幼稚園教諭、介護・障害福祉職員」を対象として「収入を3%程度(月額9000円)引き上げるための措置」が今年2月から行われることが閣議決定されました。
2020年の介護職員の平均月収は23万9800円、保育士は24万5800円。全産業平均の30万7700円からはまだかなり乖離があるということで、まだまだ段階的にこれからも引き上げていく必要性は大きいですが、とりあえず小さくとも前進が見られたのは良いことです。
また、今まではそうした補助金などを交付しても経営者の裁量により労働者に配られる義務がなく、実質的に合法的なピンハネとなっていた事例も多く見られました。
その点で今回は賃上げ実績の報告が義務化されたことにより、幾分かは労働者の実際的な賃上げに結び付きやすくなりました。もし、それでも自分は賃上げされていないという方が出てきたらぜひ声を上げていって欲しいです。
優しい青年の近未来SF介護ストーリー
前置きが長くなりましたが、そんな昨今の情勢を踏まえて紹介したい作品がエマオさんの『ラヴィアンローズ バラ色の人生』です。
この作品では、少子高齢化と深刻な人材不足により介護崩壊が起き、高齢者福祉の現場が急激にオートメーション化され、かつての介護士やヘルパーは介助ロイドの操作や管理を担当する「コントローラー」へと転身していったという近未来が描かれます。
主人公は、身寄りのない自分を一人で引き取って育ててくれた優しい祖母を亡くしたばかりの青年・虹丸。
虹丸はそこそこ名の知られた企業に就職するも、祖母の葬式で休暇を取ることに対して難色を示されるブラックさで即退職。しかし、新たに始めた介助ロイドの訪問販売でも
「人がよぼよぼになっても
死までのわずかな時間
そのあがきが金になる」
という人の心がない最低な上司に当たり、ノルマをこなせずクビになってしまう悲惨な境遇から物語は始まります。
その後、虹丸はある老人を助けようとしたことが切っ掛けで、離れ島に築かれた超富裕層向け介護施設「ラヴィアンローズ」で働くこととなります。
この主人公の虹丸が不器用ながらとても優しく真っ直ぐな性格であるため、やや特殊な設定ではありますが感情移入しながら物語にすっと入っていけます。
凄まじい介護施設・ラヴィアンローズ
「ラヴィアンローズ」では何と島全域に反重力システムが導入されており、転落・転倒を物理的に防止できる環境が整えられています。また、怪我の危険性がある貴金属やハイヒールの代わりにホログラム装飾で任意にドレスなどを生成して身を飾ることも可能になっています。中には動物の耳やしっぽを模したものを付けてる人も。
そうしたハイエンドなテクノロジーと童話のような世界観が融合し、入居者は「王」または「姫」と呼ばれる、正に楽園のような施設。
「介護というものは慈善事業ではない
ビジネスだからこそ成り立っているのも事実なんだ」
「仕事は教えられる
だが課題は自分で見つけてもらわねば」
と、経営者としてシビアで非常に高い手腕を持つ施設長・蓮実エリオット礼を筆頭として、そこで働く人々もまたキャラが濃く、しかし基本的には優しく入居者の人を思い遣る人々が集まっています。
個人的には地味ですが大切な「目の前の平和を守る」という日常業務をこなす雛菊さんが好きです。
もし最期を過ごすなら、こんな施設でこんな優しく楽しい人々に囲まれていたら、と読んでみたら思うかもしれません。
終わりに
若干ファンタジー色が強めな部分や、やや癖のある絵柄のタッチに引っ掛かる人もいるかもしれませんが、端々に込められた強い想いに惹きつけられる作品です。
どれだけ技術が発展しても人間が携わる限り必ず起こってしまうであろうヒューマンエラーや、逆に人間が介在しないとなし得ないであろう入居者が得る充足感がこの作品では随所に描かれます。私は、そこにこそ本質があると感じました。
ITによって介護の生産性を上げることができる部分は確かにあります。しかしながら、結局のところ人間は人間が好きで人間に興味があるし、介助ロボなどでは難しい細やかな発想やケアができるのも人間のみです。
人の命は尊いものですし、それを守るために働く人もまた同様に尊いです。どうか、そんな尊い存在が軽んじられない世の中であって欲しいと切に願います。