AM4時、世界の果てなようでそうでも無い景色を私は見た
皆さんは高速道路をどのくらいの頻度で利用しているだろうか。
「外回り営業だからしょっちゅう」「たまの旅行で」「息抜きに首都高をグルグルします」などなど……
運送業の方にとっては、当たり前すぎるくらい当たり前な存在かもしれない。
質問主である私(26歳会社員女)の場合は
・車酔いしやすい
・免許不所持
・実家が東京都江戸川区(≒車の維持コストが高いため持っていない)
・旅行を趣味にしている人間が周囲に居ない
・アイドルヲタクでお金がない
…という状況から、関東近郊からあまり外に出ず、当然高速道路での長距離移動に縁のない日々を生まれてから20数年ずっと続けていた。
(ちなみに某関東の大学出身なのだが、そこの友人も芸能人のヲタクをしている人間が多く、卒業旅行は費用を浮かすために箱根(神奈川県)を選択した。結果めちゃめちゃ楽しかったので後悔は一切ない。)
しかし2017年、就職を機に状況が一変した。
大阪配属を言い渡された私は、住処である大阪市と実家のある東京都を行き交うべく、月に1回程度高速道路を利用する羽目になったのである。そう、夜行バスに乗って……。
2017年4月
前述の通り私は某女性芸能人のヲタクをやっている。
幸か不幸か彼女は数年前にアイドルを卒業しているため、全国を回るコンサートツアーを今は行っていない。
その分、数ヶ月に一回程度ある舞台やイベントは、東京近郊で開催されることがほとんどだ。
これに実家への帰省や学生時代の友人との用事を追加すると、結果毎月一回くらいの頻度で東京へと帰る必要が生じてくる。となると避けては通れないのが移動費用の捻出。さして高給取りでもない社会人一年目にとって、この事実は非常にネックだった。
背に腹は変えられず、手を出したのが「夜行バス移動」という選択肢。
最初は「ほんの2時間の電車移動ですら苦痛なのに7〜8時間バスに乗りっぱなしなんて正気の沙汰じゃない」と思っていたが、新幹線では往復25,000円を超える東京〜大阪間の移動が、4列シートの夜行バスであれば高くても8000円、日によっては2000円を切る時もあるとなっては流石に嫌だとも言ってられない。
2017年4月、早速私は夜行バスデビューを果たすこととなった。
ええい、ままよ!と利用してみると、意外なことに真っ暗なバス車内は想像よりもずっと入眠がしやすかった。以来、酔い止め薬やエア枕等、文明の利器に頼りつつも、3回目くらいに乗った時点で、夜行バスに対する苦手意識はすっかりなくなっていた。
ところで、夜行バスを利用する場合、必ずトイレ休憩が複数回設けられる。
工程の詳細は下記記事が参考になったので、一度も高速バスを利用したことのない人は見てみると臨場感等が何となく伝わると思う。
https://travel.spot-app.jp/yako-bus_hinishiai/
高速バスを運営している企業は十数社(もっとかも?)あり、各社・各路線ごとに違いはあるものの以下の箇所にあるサービスエリア(SA)を利用している企業がほとんどだろう。
◆東京→大阪移動の場合
1回目…神奈川県〜静岡県(例:海老名SA、足柄SA)
2回目…静岡県(例:浜松SA)
※JR高速バスの場合、乗客は下車できない事が多い
3回目…滋賀県(例:草津SA、土山SA)
大阪→東京移動の場合も利用の順番が逆になるだけで、休憩箇所そのものは同様となっている。
ここまできてようやく本題。
私がこの記事で話したかったのは、大津SAのことである。
2018年5月
三重は津で滋賀は大津〜♪ という歌詞の通り、大津SAは滋賀県に存在する。
(この歌詞にすぐにピンときた人はきっと同世代ですね。わかります。)
滋賀県といえば真っ先に思い浮かぶのが琵琶湖の存在。
大津SA(下り)のメインの建物は琵琶湖のほとりに建っており、2階はガラス張りのフードコート、そして屋上は琵琶湖を見渡せる展望デッキになっているのだ。
私が初めて大津SAに立ち寄った時は、そんな建物だとは全く知らず、純粋にトイレ休憩に行くか〜と下車したに過ぎなかった。
「2階建てなんて珍しいな」と何の気なしに登ってみると、目の前に広がるのは琵琶湖と明け方の空の饗宴…!
…のはずだったが、私は視力がまあまあ弱く、その時はコンタクトも眼鏡も外した状態で休憩していたため「なんかよく見えないけどめっちゃ綺麗っぽいぞ〜!?!?」ということしか理解できなかった。
以来、リベンジの時を虎視淡々と狙っていたのであった。
願いが叶ったのは2018年の5月14日。例に漏れず舞台観劇の帰り道だった。
「大津SAに到着しました」のアナウンスを確認すると、今度は忘れずに眼鏡を手に持ち周りの人を起こさないよう息を潜めてそっと道路に降り立った。
5月とはいえ、明け方4時台となるとまだまだ冷える。寒い寒いと言いつつも、しんと澄み渡る空気にやや期待を膨らませながら建物の2Fへと向かうと
見えた。
高速バスや長距離トラックの群れと、その間近にひかえる湖面と、落ちてきそうなほど近い雲。
写真では到底あらわせないとわかっていながらも、この手に収めたくなる景色がそこにはあった。
そもそも走行中のバス車内というのは、ただでさえ考え事が捗るシチュエーションなのだ。
ごうごうと流れていく走行音。閉め切ったはずのカーテンから僅かに漏れる高速の灯り。
ガタガタとした揺れに身を任せていると、自分がずっと過ごしていた関東という土地が遠ざかっていく感覚が強くなり、自分で進路を選んだはずなのに焦燥感が湧き上がってくるのもまた事実だった。
大好きなアイドルのこと、学生時代のこと、今頑張っていること。暗闇の中で渦巻いていた何かが、朝でも夜でもない光景の元に晒されて、跡形も無く消えていくように思った。
そんな「エモいぞこりゃ」という、例えるなら世界の果てを目にしているような感慨に浸りながら、ふとこの景色は琵琶湖のどの位置なんだろう?という疑問が湧きGoogleマップを開いてみて驚愕した。この建物が面しているのは琵琶湖本体(?)のボリュームゾーンではなく、南側(京都市)方面に向けてちょろっと伸びている部分の、ほんの終わりでしかなかったのだ。
(嘘だと思う人は、上記マップを縮小表示してみてほしい…いかに「大津」という地名が琵琶湖の下部に位置しているかわかると思う。)
そもそもが湖である以上、何かの果てでもなんでもないのだが、その中でもさらにごくごく一部でしかないなんて…
自然の脅威に慄くとともに、もう二度と「滋賀には琵琶湖しかないじゃんww」なんて冗談でも言わないようにしようと誓った。琵琶湖があればそれで十分だ。
2020年5月
時は流れて2年後の今。
私は今夏より東京へ転勤することになった。世の中が落ち着き、移動ができる状況になってからではあるが、かねてからの希望がようやく叶った形となる。
喜びたいはずなのだが、この文章を打ちながら、私はどうしようもない寂しさを抱えている。
大阪に来なかったら、あんなに苦労して時間をかけて毎回毎回東京へ行かなくてよかっただろう。
でも大阪に来なかったら、知ることの出来なかった景色が沢山ある。
いつからバスが京都へ、それから大阪へ近づくにつれ安心するようになったんだろう。
梅田駅に着いて「帰ってきた」という感覚が生まれたのはいつからだろう。
東京に戻ってしまったら、もうあの夜と朝が混ざるような、毎日確かに発生している光景を目にすることもないのだろうか。
そんなことはないかも、と私は思う。
ありがたいことに関西という土地にに縁を持ってしまった以上、この先の人生でもきっと何度も足を運ぶことになる。
2020年5月現在、タイムリミットが近づく中でお世話になった場所を回れない歯痒さはあるけれども、その分また関西にくる口実をもらえたということなのかもしれない。
数回に一回は、東京駅発の4列シートでまた向かってみよう。
きっと何度だって社会人になりたてのあの頃に戻れるだろうから。
※おまけ※
夜のSAでもう一つ押したいのが、浜松SAの黒おでん!!!!!!!
正確な値段は忘れたけれども、1つ100円ちょっとで静岡おでんが食べれるということで本当に幸せな気持ちになります……。
うまくハマれば一回の夜行バス旅で浜松も大津も回れるので、是非利用してみてくれよな!
※ただし、15分で食べないとバスに乗り遅れるのでくれぐれも油断はしないでくださいね。(写真がこれしかないのはそれだけ毎回慌てているということです。許してください。)
(本当におわり)