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#4 必殺・記憶落とし
77歳になる母が、ある日突然、物忘れがひどくなった。
いや、物忘れレベルではない。
私と交わした会話も、数時間前に起こった出来事も、すっぽりと記憶から抜け堕ちてしまうようになったのだ。
うーん、どうしたものか。
高校生の時、私は父方の祖父母と同居していた。
二人とも亡くなる10年ほど前からアルツハイマー型認知症。
なので私は、認知症に耐性があるはずだった。
しかし母の忘れ方は、あの頃の祖父母とは違う気がする。
*
「これ、食べてね」
「ありがとう、嬉しい!」
夫の分のお弁当を作るついでだからと、母の分のお弁当も作るようにした初日。母とこんな何気ない会話をした。
しかしその10分後には
「昼はどうしよう、カップラーメンでも食べようかな」
わーお。
母にもう一度説明すると、また「あぁお弁当作ってくれたのね、嬉しい!」
私との会話も、お弁当を手渡した過程も、まるっと記憶がないようだ。
正直、ショックだった。
人ってこんな感じで、前触れもなく忘れるようになっちゃうわけ?
と、やるせない悲しみに襲われた。
何がツライかって、何のせいにもできないこと。
歳をとるってそういうこと。自分に言い聞かせるしかなかった。
それでもつい「それ、さっきも言ったでしょ」なんて母が忘れていることを、思い知らせるような口調でつめてしまう。
うーん、どうしたもんかね。
そのとき阿川佐和子さんの書いたエッセイの内容を思い出した。
「認知症の母がおかしなことを言っても、一緒に笑って一緒に新しい記憶を作る」
たしかそんな感じのことが書いてあった。(記憶がまだらですが)
忘れることをネガティブに考えない方法。
私なら母の認知症をどうポジティブに捉えられるだろうか。
私なりに出した答えは、認知症が母の『必殺技』と考えるようにした。
その名も『必殺・記憶落とし』
母がおかしなことを言う…つまりこの必殺技が出た時は、
「お、今日も絶好調に落としてるね~」と、笑ってツッコむ。
「忘れることが罪」と思わない、そして母にも思わせない。
そんな会話を続けていると、「さっき言ったでしょ!」という私の言葉に委縮していた母の表情は、少しずつ晴れていった。
77歳の喜寿にして、使えるようになった母の必殺技『記憶落とし』。
落としてもいいよ。せっかく身に付けた技なんだから。
おかげで、今まで好き勝手に生きてきた私も『必殺・親孝行』あたりを習得しなきゃと思えた。
よし、おかん、これからも一緒に『必殺技』身につけていこ。