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1.なしの上のヤマウズラ
昔々ある山に、一本のなしの木があった。
それは山のほとんど頂点近くにあって、日当たりがいいせいか、果樹とは思えないほど大きかった。大人の男が両手で抱えようとしても腕が足りず、下から見上げると天辺が見えない。そのくらい巨大な、なしだったんだ。
夏になるととても良い香りが、山の下からでもしたそうだ。下部をたわわに太らせ、日光で色を黄に色変える果実が、毎年たくさん成ったらしい。いや、一つだけしかなしの実がなかったとしても、同じように一面で芳香がしただろう。そのくらい、木は香り高いなしをつけることで有名だった。
ただし、味の方は普通か、それよりも下だったそうだ。
きっとあまりに香りが高く届くので、天の国の御使いたちが、見えない口で食べてしまったのだろう、と言われていた。そういうものだよ。肉体がないものが食事をしたら、その食品は往々にして味を失うんだ。
まあなんであれ、麓の村の人間、それに山に住む多くの生き物は、だからなしの木の実を食べることはほとんどなかったんだね。美味しくないという噂もそうだし、木のうろに大きな蛇が住み着いていて、幹に近寄ることも難しかったから。
白い鱗がそら豆程もある蛇で、その木を知る誰よりも昔から、なしに住んでいたんだよ。きっと、ものすごく年寄りなんだろう。普段はゆったりと、その木の上を散歩しているんだ。でも枝に何も知らぬ小鳥が一瞬でも留まると、稲妻よりも素早くそこへ駆け上がるのさ。それで首を二回ほどへし折って、ぺろりと飲み込んでしまう。うん、怖い蛇だよ。主なのかしれないね。
あるとき、ヤマウズラが山頂までやってきた。
そう、顔から喉にかけて橙色の、身体は茶色と青灰色でしましまが入った、あのヤマウズラだ。野をよちよちと這い回るあいつらは、巨大な白蛇にとっては飴玉みたいな生き物だよ。
でも、それがもたもたと木を登ってきたから、驚いた蛇はまた神妙に、ヤマウズラが何をしようというのか、見届けようとしたんだね。
木の中頃まで登ったウズラは、ころっと丸い身体を更に太くして、大きく息を吸い込むと、その小さな嘴も裂けんと開き、素晴らしい声で鳴き始めた。
山中のけだもの、鳥に虫までが、その声を一言でも聞こうと、なしの木の近くに集まったそうだ。たまたま山にいた狩人が、それを目撃したんだよ。あの白蛇さえ、うろから頭を出しただけで、枝に掴まるウズラの声に聞き惚れた。木にあんまり近づいてきた獣は、容赦なく絞め殺したそうだけれどね。
それからヤマウズラは、そのなしの木を住処にした。里からでも聞こえる声で、朝日が登ると同時にさえずり、日が陰ると黙り込むんだ。蛇はそれを追い出さず、でも相変わらず別の近寄る者は根切りにして、奇妙な同棲を続けたらしい。傍から見れば平穏、仲良く暮らしていたように見えたんだ。
けれどある時、ウズラは何を思ったのか、夜明け前に目を覚ました。それで唐突に、なしの木の天辺向かって翼を広げた。もちろん、ウズラなんて上手く飛べやしない。ケヅメで枝葉をかき分けて少しずつ、なんとか上へ向かったのさ。
そして全く頂点の、小さな蕾に足をかけると、ひときわ良い声で鳴いたんだ。もちろん村からでもそれは聞こえた。ひょっとしたら、都まで届いたかもしれない。
すると、あんなにもヤマウズラをひいきにしていた白蛇が、目にも止まらぬ速さで幹に抱きつきするすると、なしを登って行った。そして雷光瞬く間にウズラの正面に躍り出ると、そのままぺろっと頭から、小鳥を飲み込んでしまったんだ。
村の木こりがいうことにゃ、最後の美声につられてやってきた獣たちが、なしの木の周りに集まっていたそうだ。その中心にはとぐろをまく白蛇がいて、妙に太いその首元から、美しい声が溢れるのがかすかに聞こえたらしい。
なしの上でヤマウズラが、蛇に食われたお話。
いいや、それでおしまいだよ。
なんでだい? じゃあ君は、ウズラを助けて白蛇を殺したほうが、良かったとでも言うのかい。
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