
この負けヒロインがすごい2024
失恋と片想いをこよなく愛するオタクがその年の良かった負けヒロインを語るだけの企画。
今年で3年目になりますが、やっていきましょう。
負けヒロインの話題といえば、今年はなんといっても『負けヒロインが多すぎる!』のアニメが大成功を収めたことです。
負けヒロインという言葉の認知度も向上し、負けヒロイン好きを公言しやすくもなったなあと感じています。
とはいえ、この作品に対する自分のスタンスはやや複雑。
原作全巻を読んでいて、非常に面白いラブコメであることは認めるし、負けヒロインに対する造詣の深さも確かに感じるのですが、自分が好きな負けヒロインの姿からは外れていると感じる点も多いのも事実。
ここは”主役になれない”負けヒロインをあえて主役に据えて長く物語を展開するということの本質的な難しさを感じる部分でもありますが、このあたりはどこかでまとめて言語化したいですね。
この記事ではそういった議論はいったん隅に置いて、私が愛好する、恋物語の主役になれずに散っていく魅力的な負けヒロインを紹介していきたいと思います。
なおこの記事では「2024年に公開された作品で明確に失恋描写を迎えたキャラクター」を対象としています。
個人的に注目している十中八九報われないキャラクターは何人もいるのですが、どのように失恋を迎えて、それを乗り越えていくのかという、その生き様こそが負けヒロインの真価だと思いますので。
それでは前置きはこれぐらいにしていきましょう!
『並行世界の君君僕僕』より小金井遥
『並行世界の君君僕僕』は津々浦氏によるパラレルワールドをテーマにしたラブコメ作品。
幼馴染の中学生、牧瀬詠太(まきせえいた)はある日、風邪をきっかけに2つのパラレルワールドを行き来する並行移動症という体質になっていることに気付きます。
ほとんどの事象が同じ2つの世界で決定的に違うのは、並行世界での”僕”は片想いしていた幼馴染、酒井実央(さかいみお)と恋人同士だったということで――。
2つの世界の別人格のような同一人物のヒロインがいるという本作品。
詠太は、2人の実央の違いに困惑しつつどちらの実央が好きなのかという問いに悩みつつも、どちらの世界でも関係のない、1人の人間として実央が好きだという事実と向き合っていくことになります。
つまりは、微細な違いにこだわらず2つの世界の中で変わらないものを大切にしていくというのが本作の出した答えなのですが、それに対してアンチテーゼをぶつけてくるのがこの小金井遥(こがねいはるか)です。
小金井さんは詠太たちと同じクラスメイトで、そばかすが特徴の地味な女の子。
「キモ」が口癖の口下手な子で、男子は全般的に苦手。
彼女も同様に元の世界の小金井遥と並行世界の小金井遥がいるのですが、詠太に恋をするのは並行世界の小金井遥のみとなります。
きっかけは文化祭のクイズ喫茶でナンパ野郎から彼女を救い出したこと。
元の世界ではナンパ男を退けるのは同級生の大竹の役割でしたが、並行世界では並行世界に飛んでいた詠太が彼女を救いました。
結果として、元の世界では小金井さんは大竹といい感じになる一方で、並行世界の小金井さんは詠太に気持ちを向け、バレンタインに義理だと言いながらチョコを送ります。
彼女にとって一番大事なのは文化祭での出来事で、その記憶の行き違いから小金井さんは詠太が並行移動症であることに気付き、同じ並行移動症の配信者を紹介して彼の悩みを打破するきっかけを与えます。
そして、「好きになってもいい?」と想いを打ち明けます。
あちらの世界で実央と付き合っていないのであれば、友達の彼氏だからと気を遣う必要もないという理屈です。
ですが、詠太は「どの世界にいても酒井が好きだから」といってその告白を断ります。
彼女はいつものように冷めたような口調で「じゃあしょうがないね」と身を引きます。
詠太に助けてくれた方ではない、並行世界の詠太について聞かれますが、それに対して小金井さんはきっぱりと答えます。
あの時そこにいて実際に助けてくれたのはこの牧瀬だから、その現実以外は意味ない
何の気もない行動がわたしを助けた
それがいいんだよ
失恋描写はあっさりとしていて、彼女が何を最後に何を想っているかは描かれないまま物語は終わります。
彼女なりに思うところはあるようで、元の世界で親しくしているという大竹に話しかけてはいましたが、彼女の気持ちの行く末については想像するしかないということでしょう。
それでも、彼女の素朴な入口から始まった片方の詠太だけを想う姿は、変わらない一人を見つめる詠太や実央との対比も相まって、大変心に残るものでした。
『モブ子の恋』より瞳
『モブ子の恋』は田村茜によるモブ気質の主人公田中信子(たなかのぶこ)と入江博基(いりえひろき)の平凡だけれども確かな恋模様を描いていくハートフルストーリー。
大学時代、バイト先で出会ったところから物語は始まり(まともなコミュニケーションをとるのに1年かかっている)現在は市役所の職員になって社会人になった信子と、大学院に進学した博基が遠距離恋愛中です。
そんな信子に言い寄ってきたのがカフェのマスターである水越太一(みずこしたいち)です。
言い寄るといっても軽い気持ちでアプローチをかけてきただけで博基への強い気持ちがわかるとあっさり応援する側に回るため、当て馬という感じではないです。
太一には彼のことを兄のように慕う隅明日香(すみあすか)という幼馴染がいます。
社交的でさわやかで、引っ込み思案な自分のことを気にかけてくれる太一に、明日香は幼い頃から恋をしていて、いつか対等に隣に立てる日を夢見てきました。
5歳以上年の離れた太一には高校時代つきあっていた瞳(ひとみ)という彼女がいました。
「私、太一のことずっと好きだから」という約束もむなしく、遠距離恋愛になったのちに別れてしまったことがトラウマになって、太一は恋に向き合うことを避けるようになります。
他の女性と同じように軽い気持ちで向き合われてしまうことを恐れた明日香は、もどかしい思いを抱えながらも気持ちを押し殺してきましたが、信子に背中を押してもらったこともあり意を決して告白します。
大切な幼馴染からの懸命な告白を受けて、太一は恋愛に向き合う勇気が持てないことを吐露しつつも、ただの幼馴染ではなく一人の女性として明日香と向き合うことを約束します。
明日香の懸命なアプローチの甲斐もあり、少しずつ二人の距離が近づいて雪解けも間近に迫ってきた中、元カノである瞳がやってきました。
東京から帰って祖父のカフェを引き継いだ太一をニュースで見つけて、会いに来たのです。
最初は他愛ない世間話をするだけの瞳でしたが、やがて真剣に太一とよりを戻したいと思うようになります。
成長して一人の女性として太一を想う明日香への対抗心も芽生え、明日香に対して太一がかつて「絶対に恋愛対象にはならない」と言っていたという事実を本人に伝えてしまいます。
その言葉を重く受け止めた明日香は「もう好きにならないから」と太一のもとを去ることも考え始める始末。
事態を不安視する信子たちに、すぐに許してもらえないことはわかっていつつ、太一を再び振り向かせるそのために一から始める気持ちでいること、仕事を辞めて引っ越す覚悟もあることを宣言します。
今の私は太一を一番に優先したい
本当に好きだったらそれぐらいできるでしょ?
遠距離恋愛の難しさに直面しつつも一歩ずつ乗り越えている信子とは対極の思考。
お互いの事情を慮る彼女たちとは真逆の、身勝手ともいえる態度。
それはかつて遠距離に耐えられなくて別れてしまった自分への贖罪だったのかもしれません。
瞳は雨を愛おしそうに見つめる太一の横顔に惚れました。
瞳も同じく雨の空気も建物も洗い流すような音が好きで、仲間意識を感じたことがきっかけでした。
別れてから長い月日が経ってもなお、彼が雨が降る窓の外を眺めるその表情は変わりませんでした。
高校を卒業後、太一が上京して就職し、瞳が愛媛に残って短大に進学する形で遠距離恋愛は始まりました。
東京で新しい世界を広げていく太一に対して、地元で代わり映えのない日々を送る自分への不安に押しつぶされそうになり、別れてほしいと告げます。
それは、自分への自信のなさの裏返しともいえる行動でした。
「そんなことないよ」と引き留めてもらえることを期待していたけれど、遠距離の引け目があった太一はその提案をあっさりと承諾し、流れるように二人は別れました。
太一に今も好きであることを伝え、もう一度チャンスが欲しいと頭を下げる瞳。
ですが、「ずっと好きだから」という言葉を裏切られた太一の心の傷は想像以上に深く、簡単には心を開いてくれません。
太一は、自分がふがいないばかりに瞳を傷つけたと思っていて、それゆえに自分を責め続けていたことも明らかになりました。
お互いが少しずつ臆病だったがゆえに起きた悲しいすれ違いだったのです。
その場を後にする太一を見送る瞳の「違うの……」という言葉があまりに切ない。
かつては相手に遠慮して逃げてしまった太一ですが、彼の心には変化がありました。
新作の料理やコーヒーで喜ばせたい人のために、苦難から逃げずに追い続けられる自分に変わろうとしました。
自分にとって大切な人のために、今度こそわがままにその手を取る覚悟を固めました。
その変化を与えてくれたのは明日香でした。
明日香に想いを伝えて結ばれた後日、瞳は太一に呼び出されます。
その文面から、瞳はフラれることを確信します。
運命の日。
想い出の場所を歩いて懐かしい記憶に想いを馳せながら「私、これから振られるんだよね」とつぶやく瞳に、太一は「ごめん」と告げます。
瞳はかつての想いを伝え謝罪します。
太一を信用できず、このまま遠距離を続けていくうちにいつか自分がどうでもいい存在になってしまうのではないかという不安を一人で抱えてしまったこと。
一方的に約束を破って傷つけたくせに、それにも関わらずまた会いに来てしまったこと。
太一はその言葉に黙って耳を傾け、そして、あの頃の自分にとって瞳は誰よりも特別だったと伝えます。
あの時ちゃんと話せていたら、今も一緒にいられたかもしれないと。
でも、今は泣かせたくない子がいるからやり直すことはできないと。
それは明確な拒絶の言葉でした。
そして2人はさよならという言葉とともに別々のところへと帰っていきます。
瞳は、あの時確かに太一の特別になれていたという喜びを抱きしめながら、一人涙を流し、「私もあなたが特別だったよ」とつぶやくのでした。
後悔と愛おしさを抱きかかえながら去っていくこのシーンは、とても美しく切ない一方で、この言葉を直接太一に伝えられなかったあたりが瞳という女性の本質なのかもしれません。
瞳という女性はヒロイン気質なのだと思います。
いつまでも変わらない愛を信じたい。
恋のためだったらすべてを捨てても構わない。
そんな特別な愛を受け止めて返してほしい。
一目見て感じたあの時の運命を信じたい。
恋愛ドラマのヒロインであるならば、文句なしに素晴らしいと言えるでしょう。
でも、実際の愛はそんなドラマチックなものではなくて。
現在進行形で遠距離恋愛と向き合う信子と博基のように、理想と現実とのギャップに悩みながらも、それでも話し合って妥協点を探しながら恋愛していく。
モブ子の恋という作品はそんな地に足のついた恋の美しさを描いています。
だからこそ、瞳というキャラクターの存在。
理想を求める美しく儚い恋のあり方も一層際立つと思うのです。
『太陽よりも眩しい星』より千里
『俺物語!!』の原作などでも知られる河原和音による少女漫画作品。
平均よりもガタイが良く内気な少女、岩田朔英(いわたさえ)がイケメンに成長し人気者になった幼馴染の少年神城光輝(かみしろこうき)と恋をする物語。
引っ込み思案だけれど優しい朔英と実はずっと朔英を一途に想い続けてきた光輝の一歩一歩がほほえましい、温かさに満ちたラブコメディです。
千里(せんり)は1学年下でサッカー部のマネージャーとして新たに入部してきた少女。(何度か読み返したけどフルネームがわからない)
小学校の時に通っていたサッカースクールで一緒だった過去があり、彼のことをこうきくんと呼んでいます。
初対面で「彼女いますか?」と攻め攻めで聞いてくる千里に対し、光輝はいるよ」と一蹴。
ですが、彼女は「試合は最後の笛が鳴るまでわからない」と折れない宣言をして光輝にアタックし続けるのです。
可愛い後輩の登場に朔英は警戒心を抱くものの、光輝は一切ぶれることなく朔英を気遣ってくれます。
そうして安心したのもつかの間、千里から朔英に向かって「本当に彼のことが好きですか? 私は今でも彼のことが好きです」と宣言。
朔英は負けじと「大好きです」と返事をするものの、千里の思考回路は想像以上に戦闘民族で「なら戦いですね」と宣戦布告してきます。
小柄で華奢、いつも自信満々で嫌なことは嫌と言える。
何から何まで正反対の千里に対して、朔英は羨望と嫉妬の気持ちが止まりません。
ですが千里と話す中で、彼女の自信は生来のものではなく、光輝に可愛いと思われたいために努力してきたものであることを知ります。
千里の一途な想いとまっすぐな人柄を知った朔英は、堂々とライバルとして受けて立つ覚悟を固めます。
一方、ライバルとして奮闘する千里ですが、肝心の光輝が朔英に対して一途すぎて一切の取りつく島がない状況に焦りを感じます。
魔が差したのか、サッカー部の合宿で風邪を引いてしまった光輝に対して、二人きりの部屋でキスまではいかずとも額をくっつけてしまいます。
光輝の友人の渡辺のフォローもあり、その場は誤解ということで収まったもののもやもやは止まりません。
「悪い子になりたい……」とぼやいて、諦めようとも思うのですが、やっぱり諦めきれない千里。
(『俺物語!!』でも感じましたが、この片想いに苛まれてぐちゃぐちゃになった時の描写が抜群に可愛いです)
そんな時、合宿でのキス未遂の騒動が再燃して、朔英は千里に決着つけようと持ち掛けます。
諦める理由を探していた千里もこれに応じ、二人は持久走で勝負をすることになります。
光輝に関するプロフィールや付き合った経緯など質問攻めにしつつも譲らず走り続ける朔英と千里。
意地になってギブアップできなくなった中で、ついに千里が声を上げます。
どうせ勝っても光輝が振り向くことは絶対にない、ただの自己満足でしかない勝負なのに、どうしてそこまで頑張るのかと。
「千里が本気で光輝のことを好きだと思ったから、私も本気で好きだって見せる」というのが朔英の答えでした。
片想いで一番悔しい瞬間って、恋敵のことを人として認めてしまった瞬間なのかもしれません。
光輝の好きな人がもっと嫌な人だったら。彼の無尽蔵の愛情に見合わない人だったら良かったのに。
朔英もまた誠実に、そして深く彼を愛しているという事実を認めてしまった。
もっと嫌な人だったらよかったのに
大っ嫌いになれたのに
そしたらきっと楽だったのに
今日は負けでいいですと言いながら涙ながらに去る千里。
彼女を待っていたのは、サッカー部の先輩である渡辺。
「相手が強いから負けただけです」と強がる彼女に対し、「本気で頑張った分悔しいに決まってんじゃん」と指摘され、千里はようやく大粒の涙を流したのでした。
『太陽よりも眩しい星』は朔英と光輝の絆が強すぎる光の両想い作品です。
割って入るのは絶望的なんてレベルではなく、案の定見せつけられる形になった千里。
そんな絶望的な勝負でも、あえて正面からまっすぐに挑もうとする姿に真剣な恋心が感じられます。
とはいえ、この勝負を通じて、基本的に人のことを悪く言わない朔英が珍しく、相手への羨望や嫉妬といった暗い感情に飲まれそうになっていたのが印象的です。
そして、千里の方も正々堂々と戦いたいといいつつも、合宿で魔は刺すし、持久走中も二人のちんたらした恋に嫌味を言い続けます。
嫌いになれたらよかったのに好きになってしまった。
正々堂々としていたいのに嫌な気持ちがあふれてしまう。
恋がもたらす心の矛盾に不器用ながらも向き合う姿は、なんだかんだ似た者同士なのかもしれません。
出会うきっかけさえ違えば親友になれていたであろう恋敵は、負けヒロインならではの魅力が詰まっています。
納得できない!!
こうきくんの彼女がもっと完璧な人だったら良かった!!
見た目モデルで頭もよくて色白で人気で陽キャだったらよかった!!
もっと完璧な人だったらよかったと本音と真逆の嫌味をぶつけてしまうところに、この作品の人間臭い魅力が出ているなと思います。
『SYNDUALITY: Noir』よりシエル
バンダイナムコ肝入りのメディアミックスプロジェクト。
荒廃した未来の地球を舞台に、クレイドルコフィンという搭乗型のロボットを乗りこなすドリフターと呼ばれる探索者と、そのパートナーとなるメイガスと呼ばれるヒューマノイドたちの冒険をテーマにしたSF作品。
SYNDUALITY: Noir(シンデュアリティノワール)はその世界観を舞台にしたアニメ作品で、夢の楽園イストワールを探し求める少年カナタと遺跡の中で眠っていた記憶喪失のメイガスノワールの出会いから始まる王道のボーイミーツガールストーリーです。
ストーリー原案は『青春ブタ野郎』シリーズでも知られる鴨志田一。
なお配信はディズニープラス独占のため視聴環境は極めて困難。
メディアミックスの広告塔なのに。
シエルは歌姫として各地を渡り歩くパートナー不在のお姉さんタイプのメイガス。
小悪党に絡まれていたのを救ったことをきっかけに、カナタが住むガレージに居候することになりました。
カナタのことを気に入っている様子で蠱惑的な言動でカナタや彼に想いを寄せる幼馴染であるエリーをからかいつつも、生活になじんでいきます。
そして、メイガス相手にも対等に接するカナタに徐々に惹かれていくのですが、その一方で裏のあるような言動も繰り返していました。
彼女の正体は、メイガスのいない世界の実現を目論んで暗躍する組織「イデアール」のスパイで、その総帥である男ヴァイスハイトのパートナーでした。
パートナーであるノワールが不在のタイミングで、シエルはカナタを拘束し、イデアールへと連れ去ります。
そして、ヴァイスハイトからカナタの始末を命じられるのですが、それだけはできないと葛藤します。
メイガスを憎むヴァイスハイトからの扱いはぞんざいなもので、いつでも記憶をリセットして初期化してもいいという脅しを盾に、彼の計画に従わされていました。
実際に彼女は何度も記憶の初期化が行われており、何度もヴァイスハイトと初対面のあいさつを交わした記憶をおぼろげに持っています。
それでも、ヴァイスハイトのことを完全には憎めない様子……モラハラ男から逃げられない女と言えば、それはそう。
(当のヴァイスハイトも最終決戦で彼女のことを思い浮かべていたりと、共依存の気が見られる)
初期化されて記憶を失えば、最愛の人であるカナタをこの手で殺してしまうかもしれない。
情と恐怖の板挟みになって「助けて」と訴えるシエルに対し、カナタは「一緒にロックタウンへ帰ろう」と呼びかけます。
その言葉に救われた彼女は、歌を多くの人に届けたいという彼女の真の願いをかなえるため、カナタと2人で脱出することを決めるのでした。
シエルは一時的にカナタとパートナー契約を結びます。
歌で相手の動きを止めるという、歌姫であるシエルならではのメイガススキルにより窮地を脱したかのように見えました。
その時、ヴァイスハイトがシエルに対し初期化プログラムを遠隔で起動させます。
「君は目覚めると同時に自分が最も愛した男を殺すんだ」と愉悦に浸るヴァイスハイト。
しかし、初期化プログラムは起動しません。
シエルはカナタを守るため、中身を知らせずに自壊プログラムを仕込んでいたのです。
すべての機能を停止したシエルは眠りにつきます。
ここからがある意味本番。
そもそもカナタはゼロ型という古のメイガスの素体を探していました。
というのも、ノワールにはミステルという第二の人格があり(正確にはミステルが本来の人格でノワールがサブの人格)2つの人格が食い合っていたために本体がキャパオーバーを起こしていたのです。
解決策としてノワールの人格を彼女らと同じゼロ型メイガスに移植して分離することで、2人を解放しようとしていたのです。
その最中、カナタはシエルに誘拐されたのでした。
そして、意識を消去されたシエルもまたゼロ型メイガス。
苦渋の選択の末、カナタたちはシエルの肉体にノワールを移植することを決めました。
人格を移植されたシエルの素体は、外見すらもノワールのものへと変化し、シエルという存在は名実ともに消滅します。
精神世界で戸惑うノワールに対して、そっと道を指し示して送り出すシエルの姿があります。
その姿こそが最期に遺した意思なのでしょう。
あくまで、一緒に歩むのではなく背中を押すとするあたりに、都合の良い納得を許さない容赦のなさを感じさせます。
最初、シエルを犠牲に生きながら多ことを受け入れられなかったノワールでしたが、シエルの歌のファンだった少女との出会いを契機に自身も歌いたいという願望が芽生えます。
そして、ステージに立ったノワールは、シエルが最期に遺した曲「your song」を歌います。
その背後にシエルの姿が見えたのでした。
彼女の肉体は残り彼女の目指した魂はノワールにも引き継がれているのですが、それでも精神世界でシエルが彼女を送り出していたように、共に生きるのではなく、あくまで遺志を引き継ぐという表現が適当でしょう。
死別系のヒロインというのは立ち位置が特殊で、恋が届かなかったり告白を断られたりという展開があるわけではないので、厳密な負けヒロインという定義からはやや外れるかもしれません。
ですが、共に先には歩めないと知りつつそれでも大好きな歌で、カナタのために道を切り開く姿に心を打たれたので紹介させてください。
なおボーイミーツガールといえばライバルの登場にやきもきする幼馴染が鉄板ということで、本作にはエリーという最高クラスの幼馴染キャラが登場するのですが、こちらは最終話で少し報われつつある模様(というかカナタがお子様すぎて付け入る余地しかない)
彼女の道中の負けヒロインムーブもまた必見です。
『赤羽骨子のボディガード』より首藤孔蘭
『赤羽骨子のボディガード』は丹月正光による少年マガジンで連載されていた少年漫画。
ハチャメチャなスケールながらも芯の通った熱さが魅力の作品で、最近12巻と比較的短いながらも綺麗に完結しました。
元ヤクザを親に持つ高校生・威吹荒邦(いぶきあらくに)が、幼馴染で生徒会長の赤羽骨子(あかばねほねこ)を迫りくる暗殺者の手から守るというバトル青春活劇。
骨子は実は荒邦の父が所属していたヤクザ”尽宮組”の組長の隠し子であり、そのために命を狙われているのですが、骨子が普通の女の子として生きられるように本人に気付かれないように守るというのがミッション。
そしてこのクラスにはさらに秘密があり、2人の所属しているクラスである3年4組は荒邦と骨子を除く全員が尽宮組の訓練を受けた護衛部隊でした。
彼らは皆孤児で、幼少期から特別な訓練を受けており、それぞれに高校生離れした特殊な技能を持っています。
荒邦はそのような個性的なメンバーと協力しながら骨子を守っていくことになります。
首藤孔蘭(しゅとうくらん)は3年4組のギャンブラーであり資金調達を請け負っていた少女です。
戦闘要員ではないため裏方に回ることが多いですが、持ち前の話術と明るい性格で荒邦たちをサポートしてくれます。
……というのは表の姿で、彼女は秘密裏に探すことを命じられていた3年4組の裏切り者その人でした。
孔蘭は骨子の双子の妹であり、実の父は尽宮組の下部組織のボスで裏社会の制覇を目論む孤堂惣慈。
孔蘭と骨子は、自身の血縁で優秀な手駒を作ろうとしていた惣慈が尽宮組の組長の妻を誘拐して産ませた双子でした。
暗い人生を送ってきた彼女は、何も知らずに平穏に生きている骨子への憎悪を募らせ、倒す機会をうかがっていました。
(孤堂の思想がトチ狂っているため説明するのが難しい)
期末試験で荒邦を陥れようとした孔蘭ですが、それを逆手に取った荒邦らの作戦にハマり、3年4組の裏切り者であることが露呈してしまいます。
正体がバレた孔蘭は体勢を立て直すために逃亡を図りますが、協力していた暗殺組織に狙撃されました。用済みとして捨てられたのです。
いよいよ居場所を失ったと絶望する孔蘭でしたが、そんな彼女に荒邦は自信満々に「まだ3年4組がある」と言葉をかけます。
「たとえ相手を傷つけてもまだ誰も死んでないならやりなおせる、なぜなら家族だから」という荒邦の言葉に勇気づけられた孔蘭は、クラスのみんなに謝って、再びともに戦うことを誓ったのでした。
そうして迎えた尾噛組との決戦。
窮地に追い込まれ弱気になっていた孔蘭を「ちゃんとみんなに謝罪するため」荒邦が奮い立たせる一幕もありつつ、ようやく尾噛組を倒した3年4組。
勝利を確信した彼らでしたが、なんとモラルと名乗る男に孔蘭が誘拐されます。
モラルは孤堂一家の一員であり、孔蘭の兄弟にあたります。
他の孤堂一家や父親である孤堂惣慈までもが姿を現し、自分で言うはずだった「裏切り者」であることをばらされてしまいます。
動揺するクラスメイト達でしたが、荒邦とリーダーである直澄は「テメェの帰る家はこっちだろうが!」と一蹴。
激戦の末、荒邦の「アンタの娘は俺がもらう」という宣言とともに孔蘭を取り戻すことに成功したのでした。
・・・と、惚れるなという方が無理なレベルのヒロインぶりを見せつけた孔蘭は、案の定荒邦が気になって仕方がありません。
孔蘭の気も知らず、荒邦は骨子一筋なままですし、当の骨子もまんざらではない様子。さらには骨子の姉にあたる尽宮正親までもが荒邦に惚れこんでライバル宣言をする始末。
(これにより荒邦は三姉妹から好意を向けられている形になる)
主張の激しい2人に比べて、一歩引いた位置にいた孔蘭でしたが、卒業したら骨子に告白したいという荒邦に対し「じゃあフラれたら私が付き合ってあげる」とそっと耳打ちします。
衝動的に言ってしまった上記の発言に自分でも困惑する孔蘭。
そうしてこじれた恋愛模様がピークに達するのが文化祭編。
色々あってクラス演劇という名目でエキストラの皆さんという体のヤクザを迎え撃つことにした3年4組。
とあるおもしれー男の陰謀により、脚本のラストでは骨子と荒邦がキスをすることになっていました。
その脚本を見た孔蘭は全校放送で「私、威吹のこと好きになっちゃった」と公開告白。骨子がやらないならば、このシーンを私がやると宣戦布告します。
正親まで乱入して混沌とする中、ついに全校生徒の前で荒邦は三姉妹に囲まれてキスを迫られます。
最初に名乗り出たのは孔蘭。「私、アンタのこと好きになっちゃったからキスしていい?」と詰め寄る孔蘭に対し、荒邦は「俺、好きな奴がいるんだ。だから、ごめん」と正面から告白を断ります。
それを聞いた孔蘭は、あっさりと荒邦の返事を受け入れて、骨子の背中を押して去っていきました。
気持ちいいぐらいに骨子一筋の荒邦。
初めから勝ち目なんてないことはわかっていた。
それでも、ケジメをつけるために告白をした。
大切な姉だと心から思えた骨子の幸せを祈りつつ「さっさとくっつけ、バカヤロー」と清々しい笑顔でその場を後にするのでした。
・・・と、ここで終わらないのがこの作品。
孔蘭は失恋した直後に、再度孔蘭が孤堂一家に人質として囚われ、荒邦に救い出されることになります。荒邦と抱き合って救出されるさまは、まさにヒロインの風格。
というかこの作品の設定上、骨子の方は直接被害に遭わずに事態を収拾させているため、骨子よりも孔蘭がヒロインしているシーンの方が何倍も多いというかなり面白い立ち位置にいます。
孔蘭が元裏切り物でラスボスである孤堂一家の構成員という点も拍車をかけています。
こうして、彼女は吹っ切れたようでなおも燻ぶる想いを定期的に引っ張り出されつつ、3年4組の対等な仲間として孤堂一家との戦いに臨んでいくのです。
完全にヒロインを食いかねないレベルのヒロイン力を見せつける孔蘭ですが、それでも、骨子がメインヒロインとしての存在感を発揮し続けているというのがこの作品の素晴らしいところでしょう。
どれだけ孔蘭が囚われの姫になって助け出されようが、3年4組の戦いで蚊帳の外になっていようが、骨子は決してメインヒロイン(笑)と呼ばれることはありません。
時に幼馴染として、将来の夢を語り合う同士として、あるいは荒邦に恋をする一人の女の子として、荒邦の心の支えであり続けます。
骨子がいるからこそ、威吹荒邦という男は強くカッコよくいられるのです。
負けヒロインが魅力的に輝くには、メインヒロインの説得力が不可欠です。
ここが弱いと、どうしても主人公の選択、すなわち敗北の意味が軽くなってしまいますし、まずそんな男に惚れてしまうヒロインの格も下がってしまうんですよね。(これで惜しいなあと思った作品は数知れず)
ですが、赤羽骨子は最初から最後までメインヒロインの風格を保ち魅力的に輝き続けますし、荒邦という男も一切気持ちがぶれることはありません。
だからこそ、どれだけ魅力的なヒロインムーブをかまそうが首藤孔蘭は負けヒロインとして輝き続けるのです。
『スタジオカバナ』より白井春雪
スタジオカバナは馬あぐりによる少女漫画作品。
ごく平凡だった少女牧ゆかりが、バンドの作曲兼ボーカルである不良少年日下優助に恋をするラブストーリー。
優助のおかげで新しい世界が広がっていき、一方で心に闇を抱えた優助の心を純粋なゆかりが溶かしていうという王道少女漫画。
その心の闇の9割以上を占めるのがこの白井春雪です。
白井春雪は優助のバンドメンバーで19歳、高校生の優助と愛人関係にあります。
優助は彼女に一目惚れしたことをきっかけに歌をはじめ、「あたしのために歌ってくれる?」という春雪の誘い文句を受けてバンドに加わりました。
しかし、春雪には本命の恋人がおり、優助はあくまで都合のいい遊び相手にすぎません。
優助の心は一層に荒み、彼女に向けた切ない恋の歌を歌い続けるのでした。
そんな彼の心を溶かしていったのがゆかりです。
彼女のまっすぐな恋心が彼の閉塞した心境を変えつつありました。
居場所を感じられる暖かな愛の形を知った優助は、ゆかりをテーマに曲を書こうと誓うのでした。
そして、元からすれ違っていた優助と春雪の関係は音を立てて崩れ始めます。
春雪は他者の承認なしには生きられない人でした。
容姿へのコンプレックスから美貌に執着していた彼女はある日、ギターと出逢います。
ステージで脚光を浴びてちやほやされる快感に浸るため、彼氏をとっかえひっかえしつつもなんとなくバンドを続けていました。
優助とはそんな折に出会い、一目惚れした彼と火遊びのつもりで体の関係を許すこともありました。
ですが、流れる月日が彼女に現実を突きつけていきます。
ずっとバンドを続けて何となくやっていけると思っていた彼女でしたが、音楽への情熱の違いからメンバーの話に段々ついていけなくなります。
そして、彼氏から音楽を続けていくことを否定され、さらにはバンドメンバーであるアカネもダイゴも音楽を仕事にしていくつもりはなく就活をしているという事実を知ります。
空っぽの彼女がただ取り残されようとしていました。
そして、春雪は優助を求めたのでした。
彼が唯一、自分だけを求めてくれたから。
優助も彼氏と別れないまま関係を続けようとする春雪の態度に苦しみつつも、最初に恋した気持ちを忘れられずにその関係を続けます。
彼が自分を見つめる目から輝きが失われていくことを実感しつつも、春雪は彼との関係を捨てることができませんでした。
いつか、自分以外の新たな輝きを見つけ出してしまう予感を覚えながら。
ゆかりと出逢ったことで心境が変わった優助は、文化祭前のある日春雪からの誘いを拒絶します。
不審に思った彼女は、学校の文化祭にやってきて優助に詰めよります。
明るく楽しい曲なんて歌わないでほしいと。
恋のつらさを歌う痛く切ない曲が好きだから。
ずっと私の隣でその歌を歌っていてほしいと。
その切実な誘惑を振り切る中で、優助はようやくゆかりが好きだという気持ちに気付きます。
(きっかけはクラスメイトの女子に告白されたことだったりします。こういうさらっと出てくる失恋もまた良いものです)
その直後に行われたバンドのミーティング。
ゆかりを想って「居場所」をテーマにした楽曲を提案してきた優助を春雪は拒絶します。
大した苦労もなく誰からも好かれるような普通のヒロインなんて大っ嫌いだと。
彼女の根っこにはずっと愛されないことへの恐怖と、愛されることへの羨望が常にありました。
どうすればいいかわからなくなった彼女はあかねとダイゴに心中を吐露します。
優助君のこと利用して、承認欲求満たしてたんだ
散々傷つけて振り回したくせに
いざ離れていくかもしれないって思ったらいてもたってもいられなくて
またやっちゃったなっていっつも思う
今更「ちゃんと好きだった」なんて気づいても
全部全部遅いのに
拒絶されるのが怖いからありのままの自分をさらけ出せずに余計に相手を傷つけてしまう。
それは空っぽで何もない自分を好きになれないから。
自分のダメな部分をさらけ出して、ありのままの自分を愛してくれる人と出会うべきだとダイゴはアドバイスします。
それは裏を返せば優助から離れるべきだということ。
春雪は優助から離れる決意を固めます。
ある雪の日。
下校中の優助とゆかりを、まるできまぐれな雪女のように、春雪は待っていました。
隣にいるヒロイン――ゆかりの姿を見つけた春雪はその場を立ち去ろうとしますが、優助は彼女を追いかけてきました。
曰く、先に進みたいから伝えたいことがある――と。
優助の言葉を待たずに、春雪は言葉を紡ぎます。
優助くんのこと大好きだった
あたしの方こそ今更だけど
あたしだけに囁いてくれる声も歌詞も
優助くんのあたしを見る綺麗な目も大好きだった
でも優助くんはあたしには綺麗すぎたのかも
一緒にいると自分の汚いところがどんどん裸にされてく
劣等感でいっぱいになっちゃうの
誠実になれなくてごめん
優助くんはそれでもずっとあたしを見てくれてたのにね
バンドを辞め、もう会わないことを伝える春雪。
「居場所になれなくてごめん」と伝える優助に対して、返事をすることなく「先に振らせてくれてありがとう」と言って去っていくのでした。
白井春雪は承認欲求とプライドが暴走した怪物です。
それでも彼女は彼女なりに、優助を真剣に愛していました。
ただ、その愛を自分でも信じられなくなり、雁字搦めとなってしまったのです。
ダイゴが語ったように、もしかしたら優助とうまくやっていた道もあったのでしょう。
ですが、それがいばらの道であることはおそらく本人もわかってたと思います。
雪景色の中、優助を待ちわびる姿に彼女の素顔を見たような気がします。
その姿をさらけ出すには何もかもが遅すぎたのかもしれません。
おわりに
というわけで今年もいろいろな形の失恋に出会いました。
今年は少年誌やライトノベルで長期連載しているような作品では目立った進展が少なく、失恋も見られなかった印象がありますが(自分が追い切れていないだけかもしれない)それでも多様なジャンルで丁寧に描かれた失恋を感じられた一年でした。
では、来年も素敵な負けヒロインに出会えることを祈って。