個人的2022年ベスト映画
今年公開された映画で、特に印象に残ったものを10本選びました。
10. 秘密の森の、その向こう
「燃ゆる女の肖像」のセリーヌ・シアマが監督・脚本を手がけ、娘・母・祖母の3世代をつなぐ喪失と癒しの物語を綴った作品。
短く穏やかで良い映画だった。全ての親は子でもある。幼少期、一人っ子で遊び相手がいなかった母と娘が時空を越えて友達として出会う というファンタジー的なストーリーだが、それを意識させないリアルな演出だった。 森の騒めき、落ち葉を踏み締める環境音が孤独を感じさせて良かった。
母のマリオンは、自身の母を亡くしてから喪失感に苛まれ、娘のネリーに充分な愛情を注ぐ余裕が無くなってしまったのだろう。病院から帰る車の運転席でネリーからポテトチップスを受け取る時も、ネリーに食事を与える時も、ベッドでネリーを寝かしつける時も2人の目線は合わない。いつまでも目線が合わないままの2人が最後に目を合わせるシーンに感動した。あと「古い道具ってステキだね」という父親の台詞が印象的。母子関係だけにスポットを当てるのではなく、父親も魅力的な人物として描かれていた点も良かった。
9. 窓辺にて
今泉力也による「街の上で」以来約1年半ぶりの長編映画は、苦悩と出会いのロードムービーだった。「悩みが無い人なんていないですよね」という久保留亜の言葉通り、この映画の登場人物は皆何かしらの苦悩を抱えていて、そして自分と同じような悩みをどこかで別の誰かも抱えている という脚本の妙にクスッとしてしまった。
今泉作品の代名詞とも言える長回し定点の会話劇だが、この作品で特に優れている点は、その長回しのカットの背景描写にあると感じた。マスカットが床に落ち、木々が揺れ、窓ガラスの奥で久保留亜がゆっくりとページをめくる。長時間カメラを固定し芝居を続けることにより、些細な画面の変化をより印象的に映すとともに、些細な会話の一つ一つに重要な意味合いを持たせている。
人間は潜在的に矛盾を孕む生き物なので、分かっていても非合理な行動を取ってしまう。好きな恋人に別れ話をしたり、後悔すると知っていながらフルーツパフェを頼んだり、金も時間も失うのにパチンコを打ったりする。しかしそんな非合理さ・分からなさに人間としての面白さがあるのだろう。
8. カモン カモン
「20センチュリー・ウーマン」「人生はビギナーズ」のマイク・ミルズ監督が、ホアキン・フェニックスを主演に、突然始まった共同生活に戸惑いながらも歩み寄っていく主人公と甥っ子の日々を、美しいモノクロームの映像とともに描いたヒューマンドラマ。
ジェシーが海辺でジョニーの録音機材に初めて触れるシーンが特に印象的。ジョニーの「平凡なものが永遠になるってすごくクールだろ」という台詞も素敵だった。他者を完全に理解することはできないし、心の距離の測り方も分からない。それでも他者の「分からなさ」を受け入れ、耳を傾け続けることで人は繋がることができる。
7. 四畳半タイムマシンブルース
森見登美彦『四畳半神話大系』と劇団ヨーロッパ企画の舞台『サマータイムマシンブルース』がコラボした小説をアニメ化。
どちらの作品も昔からのファンだったからこそ、「これ混ぜてもいいのか?」という一抹の不安があった。そのため、あまり期待はせず "四畳半神話大系のスピンオフ" 程度の軽い気持ちで鑑賞したのだが、これが想像以上に良かった。まさしく森見登美彦と上田誠のいいとこ取りという感じで、壮大な伏線回収が爽快だった。
エンドロールは、「今!ここで流れてくれ!」というタイミングで後藤正文が「出町柳パラレルユニバース」を歌い出してくれたので大変満足だった。
6. アメリカから来た少女 (美國女孩)
SARSが猛威を振るった2003年の台湾を舞台に、アメリカから帰郷した13歳の少女と家族の物語を描いたドラマ。母親の病気を受け入れられず、やり場のない感情を抱えた少女が、やがて自分の弱さに気づいて成長していく。
「愛と憎しみは表裏一体」という先生の言葉通り、主人公のフェンやその母親が鏡や水面に映るシーンが象徴的。ただ、思春期特有の不器用さ・複雑な家族愛を描いて充分満足していた傍ら、"感染症が大流行し人々が混乱に陥る" という心当たりのある時代設定に対して色々と要らんこと考えてしまった。鑑賞者の育った家庭環境の良し悪しによって、賛否が分かれる作品だと思った。僕は実家で悶々とした学生時代を過ごしていたので賛です。
5. MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない
エンタメとして抜群に面白かった。部長にプレゼンするシーン大好き。慌ただしく仕事に追われていると、毎日同じような日々を過ごしている気持ちになることは無いだろうか。そんなタイムループの日々を抜け出すために、たまには仕事終わりに映画館に寄ったりしないといけないよな と思った。
4. リコリス・ピザ
ポール・トーマス・アンダーソンが、1970年代のアメリカを舞台に描いた青春物語。サンフェルナンド・バレー出身の3人姉妹バンド、HAIMのアラナ・ハイムがアラナ役を務め、長編映画に初主演。また、PTAの急死した盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子クーパー・ホフマンが、ゲイリー役を務め、共に映画初出演で初主演を飾っている。
とても居心地の良い作品だった。中盤以降のストーリーと演出・カメラワークが良すぎる。浮ついた主人公たちが揺さぶられ振り回されていく様子と、それに呼応するように反復する人や物体の動きが面白かった。友情とも恋愛とも言えない、不安定で刹那的な関係の2人を見て、馬鹿らしくも羨ましくも感じた。
3. ケイコ 目を澄ませて
「きみの鳥はうたえる」の三宅唱監督が「愛がなんだ」の岸井ゆきのを主演に迎え、聴覚障害のボクサーの実話を基に描いた人間ドラマ。元プロボクサー・小笠原恵子の自伝「負けないで!」を原案に、様々な感情の間で揺れ動きながらも直向きに生きる主人公と、彼女に寄り添う人々の姿を丁寧に描き出す。
劇伴が無く、生活感溢れるストイックな作品だった。聾者を題材にした作品ながら手話で会話をするシーンは少なく、突然無音になるような演出も無い。ボクシングジムの会長やコーチがケイコに直接声で語りかけるのは、ただ手話が使えないとか筆談が面倒なのではなく、ケイコの「目の良さ」を信じているからだろう。
また、聾者同士が会話をする字幕の無いシーンは、相手の意思を表情や動作によって読み取り推測するという、コミュニケーションの本質を表しているようでとても印象的だった。
大きな川は孤独を受け入れ、自分と向き合う時間を与えてくれる。雄大な荒川の景色も美しかった。
2. みんなのヴァカンス
「女っ気なし」「やさしい人」などのギヨーム・ブラック監督が、南フランスの風光明媚な景色の中で夏のバカンスを謳歌する若者たちの姿を優しいまなざしで綴った青春映画。
男の情けなさが詰め込まれた最高の夏休み映画だった。情熱的で身勝手なフェリックス、彼のぞんざいな振る舞いを不愉快に思うエドゥアール、相容れない2人の間を取り持つ心優しいシェリフ。彼らは自転車で山道を競走したり、狭いテントで夜を共にしたりしながら心の距離を縮めていくのだが、この映画は単に男の友情を描いただけの作品ではなく、3人がそれぞれのヴァカンスを通して独立し、新たな自分を見つけていく様子を描いたヒューマンドラマでもあると思う。
その後も続いていく彼らのヴァカンスを想起させるような終わり方で良かった。シェリフが着ていた「おおかみこどもの雨と雪」のTシャツは、"父親が不在の親子" のメタファーなのかな?と一瞬思った。
1. コーダ あいのうた
家族の中でただひとり耳の聞こえる少女の勇気が、家族やさまざまな問題を力に変えていく姿を描いた作品。2014年製作のフランス映画「エール!」のリメイク。
今年は日本でも同じく聾者をテーマにした『silent』(脚本:生方美久)というドラマが放送されたが、『コーダ あいのうた』と『silent』に共通している点は、"ありのままの他者を受け入れること" にある。
一ツ橋文芸教育振興会が主催する「全国高校生読書体験記コンクール」において、全国から8万を超える体験記の中で最優秀の「文部科学大臣賞」に選ばれた筑波大学附属聴覚特別支援学校の3年生、奥田桂世さんの『聾者は障害者か?』を是非読んでほしい。
多様性が囁かれる社会の中で、分断のニュースが飛び交う世の中で、違いを受け入れ合うことを題材にした作品に触れる機会の多かった一年だったな。
以上です!