後頭部から床に叩き落とす。ーー秋の月、風の夜(18)
#4 強襲
広徳館の扉は塗りが剥げていた。四郎は(手入れの余裕、ないわな)と触れざま思った。
なにかをあきらめてねむっていた道場ぜんたいが、浮きあがるように目をさました……
「奥の人」が、
――来たったぞ
と、そこらに気配するものたちに酷薄な笑いを向けたのだ。
さわさわと、呼応ならぬ呼応が波わたっていった。
まるでススキが ―― きた ―― つよいのきた ―― きた ―― とささやくような、気配ならぬ気配が、人には知れぬさざ波をつくる。
四郎がすっと扉をあける前から、高橋はそっと録画録音をはじめた。
警察の証拠になりやすいよう、相手側の違法行為を、画面が捉えるようにする。カメラを覗くことなく腰だめで撮る。
日ごろのスケッチ資料の撮影技能が、こんなところで役に立つとは思わなかった。今日だけは誰にも見つからないように、そっと服で隠しながらの録画だ。
四郎は、からりと広めに扉を開け放ち、有馬先生がついてこられない速さで立ち入った。中央へと進路をとる。高橋はぎょっとしたのだが、いつのまにか四郎は、靴も靴下も脱いでいた。
道場には、はだし。
土足で上がりこんだ連中が、いったいどんな目に会うだろう……。高橋は、ゾッとした。
歩く足さばきが、すっすと妙に速い侵入ぶりだ。音も立てない。
三-四人が、ぽかんとした顔で立ち上がりかけた。そのときには既に、四郎は、中腰の手近な一人をつかみざま、バウンドさせるように後頭部を床に叩きつけていた。ボウリングのボールが、変にはずむように、胴体のついた頭部がひとつ床を跳ねた。
「んだテメーわ!?」
声をあらげながら、慌てて立ったうちの一人が、無謀にも胸倉をつかみにくる。ひじより手が入るかなり前で腕(かいな)をひねり、四郎は相手の側面に入った。振り落とすように、やはり後頭部を床にたたきつける。
「あんなにいる……」呆然と、有馬先生がつぶやく。「ほんとに十数人いる」
有馬先生も、のこのこと道場に入ろうとして、あわてて自分の土足は脱いだ。さすがに靴下で、道場の床に足をのせる。高橋も録画を近づけるべく、倣った。
「手荒いのに、手荒くみえない……人数が人数だから、確実に起き上がってこれないようにしている」有馬先生は、びびりながらも作家の性(さが)か、高橋に解説しようとする。高橋は録画中のスマホを見せ、有馬先生が四郎の手際を賞賛しないよう牽制した。
まちがっても警察に「有馬チャンネルの番外編企画ですか」なんて言われたくはない。
四郎の動きが、やむを得ずの緊急避難にみえなくなってしまうではないか。
そのころには四郎はさらに、左に寄って三人目の腕を高払いした。相手の首に手刀をあてたまま押し切り落とすように、後頭部を床に打ちつける。三人目が床に頭をめりこませる前に、右隣に体を移した。足元で「ゴッ」と大きな音がした。
座りこみながら四人目の膝裏に入り、足払いをくわせる。そのまま後頭部から叩き落した。「ダン!」と床で頭がはねた。
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