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上長は仕事しやすさのために動いてもらうもんだぜ。 ーー成長小説・秋の月、風の夜(87)

十七時二十分に、シルバーのA4アバントは楷由社(かいゆうしゃ)を出た。

車の助手席で「俺やっぱり、説明能力、ひくいんやないかてって思うんやけど……」と四郎が高橋につぶやいた。

「土田さんて人にどなられたから?」
「それがひとつ。あと奈々瀬」四郎は本当にしょんぼりしていた。

「土田さんて人については、本来お前は、説明しとけという横着な丸投げ指示を断るとよかった。読者歴が長いだけで、プロの編集の人に通じる話のしかたなんて、知らないんだもの」
「え、でも俺が見つけてまった以上、俺説明せな」

「それはお前の責任感で主観だよ。仕事の流れとして考えてみようか。
役職者から業務指示をされないと、土田さんは納得できない。事業部長か課長。上役からの構成変え指示がないと、感情的にも筋道的にも、無理だから。

たとえば四郎、自分が訪問一件やってる間に、責任もって編集してる構成をがっさり変更されたら? 緊急で火消しにきた高卒新人に、きれいな案を持ってこられたら、その案がきれいであればあるほど、カーッと頭に血がのぼるだろ。
当然そうなるはずで、無理もない。

つまりさ、自分が三年前も今回も、苦しみぬいて手こずってる仕事が、半日でなんとかなっちゃったわけだろ。

なにやってんだ役立たずって感じで全否定されたと動物的に勘違いして、不安と恐怖でパニック起こしてキレたわけだよ、そのひとは。

有馬先生の仕事がきゅーっとレベル上がっちゃったから、塚本っちゃんが急にやる気なくして、図鑑行っちゃうとき引き継ぎ放り出したのと同じだよ。
四郎は意地悪されてるわけじゃないんだけど、本来奥の人が得意としてた統制や威圧や支配を使って念押ししたり先に要求を出したりをやらないように手控えてるからさあ、その分、相手の変な動きは起きるもんだよね。

そういう意味で、本来事業部長か課長が、 “役職者から説明してやらないとまずいなー” という頭を働かせるべきだ。
そこ期待できないらしいから、鹿野さんにはいろいろ投げて、便宜を図ってもらえよ。あの課長は機動力がある。動いてもらわないと、もったいない」

「わかった」
「どう断るといいかは、思いつく?」
「思いつけん」

四郎はただ目を伏せる。高橋はハンドルを握って前方を見たまま、のびやかな声を放った。

「例えばだなー、僕なら ”一刻も早く作業にかからないと。それに高卒新人の言うことは、編集で大先輩の土田さんに対して、説得力がありません。課長か事業部長のご発案として、お手数ですが説明お願いします” という二点を盾に、自分の身を守るかな。他にもお前らしいやり方はあると思う」

「……難しい……あっ俺、断れん! 断るとおそがい……」四郎は両手で顔を覆った。「ああー、仕事できんやつやーー」

高橋は、四郎のみじめそうな声をきいて、そっと答えた。
「仕事、できてるよ。万能プレイヤーなんてどこにもいない。僕だって別件に没頭しちゃって二日も三日もメール見ないで、あとですいません言いまくったり、いろいろやらかすんだから。だから自分で自分のこと、仕事できないなんて言わないでくれ。自分の言葉が自分の脳みそを傷つけて、劣等感をがしがしためていくことは、僕のためにも防いでくれないか」

(僕のため、というのは動機薄弱だな、けれど奈々ちゃんのためというとプレッシャーだろうな)と、高橋は言いながら思った。そしてつづけた。

「土田さんは、ぜんぶ課長に対応してもらえ。直接話さないほうがいい。直接話すときは、さっきの、僕がどなられたら? という感覚でムッとしながら話してOKだ。しかもお前のうしろに、課長と事業部長と社長がついてるイメージで話していい」

「え。それやと、だいぶ意地悪ーい怖ーい感じになるやん、俺」

「なっていい、あーもすーも言わさず、 ”自分語” で押し込め。わかるか伝わるかと工夫するのはやめろ、伝わるに決まってる前提でつっきれ。フォローは課長に任せろ」

「うん」
「社長-事業部長-お前の、提案即吞みラインから外れたくない一心で、鹿野課長は必死にお前と一枚岩でいようとするはずだから。説明は聞かれた都度すればいい。方針変更もつど、鹿野課長に案が採用される前提で相談すればいい。絶対にうまくいく。
その件は会話力じゃなく、お前の背景感情の引っ込み具合と、断りベタ問題だったってのは、わかった?」
「なんとなく」

「複数プレイヤーの力学を、外から見るクセがついてないと、そもそも対処が難しい。そこは時間かかる。いまは淡々と仕事しろ、それでじゅうぶんだ。理解した?」

「わかった……まんだようわかっとらんけど、集中することは、なにかはわかった……」

「じゃあまず、ひとつはヨシだな」

といいつつ、高橋はなにかを空中でさぐるようなようすをした。
(運転しながらコレはまずいな)と思っていたらば、おりよく赤信号に引っかかることができた。高橋は安心して、ふりかえりを続けた。ビジネスシーンでプレイヤーの感情が、おいてけぼりにされたことを見つけたときに、よく高橋はこうする。

そして、
「あっわかった!」と声を放った。


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高橋照美
「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!