お父さん帰宅。ーー秋の月、風の夜(45)
#8 誕生日のケーキ
奈々瀬は「奥の人」にぴしっと言う。
「怒んないの。ただでさえでかいんだから、こわい怒り方だと破壊力出ちゃうでしょ。そういう余分な感情ぬきで、淡々とやる。四郎が困ってるでしょ。間借り人なんだからおとなしくやって。四郎に遺伝させちゃった脳神経の微電流もたどって。こんなふうにやります、追っかけてなぞって、できるようになって。ここ生身の体から消えてないと、困るから」
――はい
(猛獣使いっていうか)高橋はただ、その光景を見ていた。(奥の人とおはねちゃん……いいコンビだ)
奥の人が自分で自分の余分な解釈をはずせるようにガイダンスして、実践のモニタリングをしながら、奈々瀬は器用なことに、きゃんきゃん言い過ぎる自分とか、年上にアレコレ言える優越感とか、でかい相手へのおびえと虚勢など、自分の余分な反応を見つけては消していく。
「器用だな、奈々ちゃん」
奈々瀬は高橋に言われて、ふと高橋の方を向いた。「ごめんなさい!けっこう、いっぱいいっぱい」
今まで、自分の心身の内側のことながら、口を出さずにいた四郎が、はあっ、と息を吐いた。
玄関のカギを開ける音がした。
「ただいま」安春が帰ってきた。「おー、いいにおいだ」
「お邪魔してます」高橋が台所から玄関に声を投げる。
「四郎君、照美君、こんにちは」安春は笑って、台所に入ってくる。笑っているけれども、相変わらず仕事への情熱は折られたまま、途方に暮れている様子だ。安春は高橋を見て、黙ってうなずいた。
「照美君、自動車か」安春が一升瓶を見せた。「宿まで遠いかい?しまったなあ」
飲みたいな、と高橋は思った。
「歩いて10分です、車、置いてきます」
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