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マクリーン判決(昭和53年)を超えて
マクリーン事件概要
1 法務大臣が、在留更新の許否について、マクリーン氏の政治活動を理由のひとつとして、その更新を拒否した(不利益処分)。争点は、政治活動の自由が憲法で保障されている(21条1項)にも関わらず、その権利行使とも言える(穏当な)政治活動を理由に、マクリーン氏に不利益処分を課すことは許されるのか問題となった。
2 裁判所は、行政処分の取消訴訟について(適用違憲の事案)、在留更新の許否判断については、法務大臣に広範な裁量が認められていると解することができ(出入国管理令21条)、裁量権の行使が、明白に合理性を欠き又は著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限り(判断過程審査と親和的)、その行使に逸脱・濫用があったものとして違法であるとすることができると規範を定立した上で、法務大臣の裁量権行使を合憲と判断した。
行政部門の裁量権行使と裁判所の関係
1 行政裁量とは、法律(立法者・国会)が、その執行機関である行政部門に、独自の判断の余地を認めた(立法と行政の役割分担)場合に、行政庁が法律により公権力を行使すること(法律による行政の原理)を前提に、実際に法律を執行する行政部門の方が、法令解釈(いくつか考えられる解釈から適切なそれを選択すること)、法律効果を生じさせるかどうかの判断、効果をいつ発生させるかの判断等について、裁判所は行政部門を尊重するのが好ましい(司法と行政の役割分担)という、三権の役割分担を強調する概念と整理できる。
2 したがって、裁判所は、裁量権行使が、法律が独自判断の余地を認めた趣旨に適合するかという観点での法適合性と、法の一般原則(信義則・平等原則・比例原則等)に適合するか、公権力の行使が公益的目的に適合すべきという目的適合性(濫用判断につながる)を判断できるにとどまる。すなわち、行政部門の裁量権行使という現象に対して、法律の委任と一般原則という観点からの法適合性と、公益目的適合性の二点からしか審査できない。
3 本件は、出入国管理令21条が、法務大臣の政策的・専門的判断の必要性を理由に広範な裁量を与えたと解し(政策的判断を理由にすると裁量は広範となる)、このような解釈は国際法的観点(入国の自由は保障しない)からも肯定できることを理由に、上記二の観点からのみ判断過程審査に臨んだ(適用違憲の事案)。
マクリーン判決を克服する理論構成
1 マクリーン判決は、行政裁量に一応(合理的関連性の基準相当)の合理性を認め合憲判断を導いている。したがって、マクリーン判決を克服するには、当該判決でとった理論構成に明確に"NO"を突きつけられるような理論構成を検討するしかない。
2 まず、マクリーン判決の行政の処分が裁量権の範囲内であるとした論理は、裁量権の範囲それ自体をかなり広範にあるとして説示し、本件処分に至る判断過程にも(緩やかながら)合理性が認められる(認められないわけではない)と判断した。
裁量権の範囲がかなり広範であるという結論(小前提)は、国際法が自国に入国する外国人を受け入れることを義務付けてはいないことと、その中で在留更新の許否の判断は法務大臣の政策的・専門的判断によることで適切さを確保できるという理由づけによってもたらされている。この見解は、行政裁量の憲法判断に際して一般的に用いられる思考過程であるから、理論構成として大転換を望めるとは考えにくい。
本件処分に至る判断過程、特に要件裁量において、法務大臣が憲法上保障されている政治活動(21条1項)を消極的要件に該当すると判断した点が争点になったが、あくまで外国人は在留制度の枠組み内で日本国内における基本的人権を尊重される(権利性質説)として、この判断を是として、判断過程全体が違法とは言えないと判断した。
3 ここで、法務大臣が憲法上保障されている政治活動(21条1項)を消極的要件に該当すると要件判断した点について、このような判断が許されないのではないかという切り口から理論構成していきたい。
要件裁量は、判断過程の中でも、事実認定と法解釈、その後の事実の法への当てはめ(こそ核心)の部分の独自判断の余地である。つまり、法務大臣は、穏当な政治活動を、在留更新許否の法効果を発動する要件として当てはめた。
この点、入管法は、出入国の適正な管理と、難民の認定手続きを整備することで、第一に国民の重要な権利利益を保護し、第二に、難民政策について国際協調的政策を実現することを目的としていると考えられる。このような目的を達成するために、外国人の政治活動を一定の範囲で制限することは、国家が主権国家として対外的独立を維持し、国民の重大な権利利益の存立する前提を確保するなどの点で許容されると考えられる。一方で、このような目的で外国人の権利を制限するとしても、基本的人権が普遍の原理であることに鑑みれば、制限される権利の性質を踏まえて必要最小限度の制約にとどまるべきである(権利性質説に近似)。
マクリーン氏の政治活動は穏当な活動であって、日本国の対外的独立を危ぶませ、もって国民の重大な権利利益を侵害するおそれが、具体的にも、抽象的にも認め難い。一方で、民主主義的政治過程において、外国人の政治的意見は有意義であり、国民にとって政治的判断における有益な材料を提供する機能も見込める点も考慮すると、本件のような政治活動の自由の制約は、これが穏当で、民主主義的政治過程の発展に寄与する可能性もある以上、必要最小限度を超えた制約であって違憲と言わざるを得ない。政治活動を在留更新の消極的事由として斟酌するにとどまり、その権利制限が間接的にとどまるとしてもこの理は変わらない。
以上の理論構成でマクリーン判決の論理を超えられないだろうか。