私はポストモダニストではない【1日1本エッセイ43本目】
今日はエッセイというか、フランスの思想家ミッシェル・フーコーについて書いてみようと思う。なんでかって?エッセイのネタが良いものが頭に浮かばなかったので、手持ちのネタでお茶を濁そうという魂胆です。
と言っても、そんなに極端な話を書く気はありません!「ミッシェル・フーコー」という人がいて、どんな人だったのかを紹介するだけです。ちょっと知ってると大人の教養としてアリかなぁぐらいの気持ちで読んでください。ちなみに私タカーシーは、ポストモダン大好きです。では、始めていきましょう。
ミッシェル・フーコーは20世紀を代表する哲学者・思想家として知られています。しかし、彼自身は自分を「ポストモダニスト」とは見なしていませんでした。それでは、彼は一体どのような人物で、どのような考えを持っていたのでしょうか。
経歴
1. 生い立ち
1926年、フランスのポワティエに生まれました。彼の家族は医者であり、この背景は後に彼の「狂気の歴史」や「監獄の誕生」に関する考察に影響を与えたと考えられています。
2. 教育
フーコーは、フランスの名門リセ・アンリ=IVで学び、後に高等師範学校(École Normale Supérieure)に入学。ここで哲学を学びました。
3. 研究の初期
1950年代には、フーコーは狂気、知識、そして権力に関する初期の研究を開始。これは彼の最初の主要な著作「狂気の歴史」の基盤となりました。
4. 海外での経験
フーコーはスウェーデン、ポーランド、ドイツでの教職を経て、これらの国々の文化と知識の違いを吸収。これは彼の晩年の思考に大きな影響を与えました。
5. パリへの帰還
1960年代にパリに戻り、彼の最も有名な作品「言葉と物」を発表。この書籍は、人間の知識や思考が歴史的・文化的な文脈によってどのように形成されるのかを探求しました。
6. 最後の年
1980年代には、フーコーは「自己技法」という新しい研究領域を開拓。彼は死の直前、自己と社会、そして権力との関係についての深い洞察を公表しました。
1984年、フーコーはエイズの合併症で亡くなりましたが、彼の思想は現代の多くの学問領域、特に人文科学や社会科学で影響を持ち続けています。
代表作
1. 狂気の歴史 (Folie et déraison: Histoire de la folie à l’âge classique)
フーコーの初期の作品であり、彼の思考の基盤となるものの一つ。彼は中世末からルネッサンス、そして近代へと進行する中で、西洋社会が「狂気」に対してどのような視点を持ち、どう取り扱ってきたかを深く探求しています。この作品を通して、彼は「狂気」の社会的構築性と、そのラベルがどのようにして適用されるかを明らかにしました。また、近代社会における狂気の「医療化」が、狂気を「排除」する手段としてどのように機能してきたかを批判的に解説しています。
2. 言葉と物 (Les Mots et les choses)
こちらの作品では、西洋文化における「人間」の概念の成立を中心に、知識の秩序やその変遷について探求しています。彼は、古代、ルネッサンス、そして近代の3つの時代を取り上げ、それぞれの時代の「エピステーメー」(知識の前提条件やフレームワーク)を明らかにしています。フーコーは、我々が持っている様々な知識や事実のカテゴリーは、実はその時代の文化や権力関係に根ざして形成されていると考えました。
3. 監獄の誕生 (Surveiller et punir)
この作品は、ヨーロッパの刑罰制度の変遷を通じて、近代の「監視の社会」の成立を分析します。特に、公開処刑から収監という形態の変遷を中心に、権力が個人の心と身体に浸透する「強制の技術」について詳しく探求しています。監獄制度や学校、病院などの近代的機関が、どのようにして個人を「正常化」し、「規律」するための手段として機能してきたかを明らかにしています。
これらの作品は、権力、知識、個人、そして社会の関係性を独自の視点で捉えるフーコーの思想の核心を形成しています。彼の分析は、我々が日常的に受け入れている「常識」や「事実」が、実は特定の権力構造や文化的背景に基づいて形成されていることを示しています。
思想
1. 権力と知識
フーコーは「権力と知識は密接に結びついている」と主張しました。彼にとって、知識は中立的なものではなく、権力構造の中で生まれ、その権力構造を支えるものとして機能する。この思考は「権力/知識」という言葉でよく表現される。彼は、科学や医学などの「真実」が、権力関係の中で形成され、社会の構造や個人のアイデンティティを規定する方法として使用されることを批判的に検討しました。
2. 規律の社会
「監獄の誕生」では、近代社会が個人を「監視」と「規律」の下で管理する技術をどのように発展させてきたかを詳しく探求しています。フーコーは、監獄だけでなく、学校や病院、軍隊などの制度が全て同じような構造を持つ「強制の機関」として機能していると指摘します。
3. 言語と表象
「言葉と物」の中で、フーコーは言語やシンボルがどのようにして現実を構築し、人々の認識を形成するかを調査します。彼は、異なる時代や文化が異なる「言語の体系」を持ち、それが現実の認識や物事の分類方法に影響を与えることを明らかにしました。
4. 主体性とアイデンティティ
フーコーは、個人のアイデンティティや「自己」とは何か、そしてそれがどのように社会的、文化的な要因によって形成されるかに興味を持っていました。特に「性の歴史」シリーズでは、性的アイデンティティや欲望がどのように社会的な枠組みの中で形成され、管理されるかを探求しました。
フーコーの思想は非常に幅広く、多岐にわたりますが、その中心には「権力」や「知識」、「主体性」に対する独自の視点があります。彼は常に、当たり前と思われていることや、普遍的とされる価値観を批判的に再評価し、それがどのように形成されてきたかを問い直しています。
しかし、彼は自らの思考を「ポストモダニズム」とは関連づけることを好まず、むしろ自分の研究があくまで「批判的」であることを強調していました。彼の考えは、伝統的な概念やカテゴリーを問い直し、新しい視点から物事を考えることを促します。
ジェンダーとセクシュアリティ、そしてジュディス・バトラー
ジュディス・バトラーは、ジェンダー理論とクィア理論の最も影響力のある学者の一人であり、彼女の思想はミッシェル・フーコーの概念や理論を大いに取り入れ、同時にそれを批判と発展の過程で活用しています。
1. 性のパフォーマティヴィティ
バトラーの最も有名な概念である「パフォーマティヴィティ」は、フーコーの「真実の再生産」という概念から多大な影響を受けています。しかし、バトラーはジェンダーが単なる制度や規範によって形成されるのではなく、日常の行動や言葉によって継続的に「演じられる」というアイディアを進めました。
2. 権力と身体
バトラーはフーコーの身体と権力に関する議論を基に、ジェンダーがどのようにして身体に「刻印」されるのかを探求しました。彼女は、ジェンダーが物理的な身体を超えて、社会的・文化的な構築物であると主張しました。
3. フーコーの「権力/知識」へのバトラーの応答
フーコーは、知識と権力が結びついていると主張しました。バトラーはこの視点を取り入れ、ジェンダーがどのようにして「知識」として形成され、権力構造内で維持されるのかを考察しました。
4. フーコーへの批判
バトラーはフーコーの「性の歴史」に対して批判的でした。特に、フーコーが19世紀に「同性愛者」という「主体」を発見したと主張する点について、バトラーはそのようなカテゴリが事前に存在していたわけではなく、社会的・文化的な過程を通じて形成されたものであると指摘しました。
5. 抵抗の可能性
フーコーの権力理論は、権力がどこにでも存在するという観点から、抵抗の可能性についての問題を提起します。バトラーは、ジェンダーのパフォーマティヴィティを通じて、これらの規範や権力関係に対して「非同調」な行動を取ることで、新しい形のアイデンティティや社会を形成する可能性を示唆しました。
バトラーのフーコーへの接近は複雑であり、単なる「使用」や「批判」に留まらない深い対話として捉えることができます。彼女はフーコーの概念を基盤としながらも、ジェンダーとセクシュアリティの領域において新しい方向性を提示しています。
結論
ミッシェル・フーコーは自らをポストモダニストとは見なしていなかったかもしれませんが、彼の思想は現代の多くの研究や議論の基盤となっています。彼の考えは、私たちが自分自身や社会をどのように理解し、捉えるかに影響を与えているのです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?