ワクワクする仕事 | 構造設計と構造デザイン
私にとって、ワクワクする仕事って何だろう?
色々なしがらみを取っ払って、自分の心に問いかけてみた、という話を書いてみます。
構造設計と構造デザイン
私の中で、「構造設計」と「構造デザイン」は全く別物としてとらえています。
もちろん、構造設計も大好きです。エンジニアとして技術的な解決法を見つけていく作業は楽しいです。
ただ、「ワクワクすること」を自分の心に問いかけてみると、私が本当にやりたいのは構造デザインなんだなと思います。
構造デザイナーを目指すために
意匠設計者が持つイメージに対して、それに付加価値を付けたものを提案することが大事なのかなと思います。
そのために大事なのは、
積極的に構造側からモーションをかけていくこと。
意匠からの情報を待つのではなく、いち早く情報を自分で察知し、提案をしていくスタイル。
ただの理想論だと、社内の意匠の方々には笑われそうですが…本当にやりたいのはこれなんです。
もちろん、こういった提案をしていくには多くの構造設計の知識や経験が必要で、設計思考の核のようなものを作るには構造設計の経験を積むしかないとも感じます。
現状の立ち位置
残念ながら、構造は意匠の技術サポートという形で「構造設計」をするのが手一杯な現状です。
(うちの会社だけなのか、地方の組織設計事務所だからかは分かりませんが、構造設計で手一杯な人がほとんどな印象です)
そうして24歳から10年間経験を積んできたのは「構造設計」。
34歳になった今、ひとつステージを上げてやってみたいという夢が出てきました。
まだ間に合うはず!
ひたすら目の前の課題をこなし、構造設計の経験を積んできた10年間。気づけば中間管理職になりました。
私は地方に移って仕事をしているので、大学時代の同期や先輩方とは距離を置いていたのですが、ふと調べてみると、みんな凄い賞を取っていたり、代表作があったり、独立してバリバリやっていたり。
「構造家」として記事を書いている1つ上の先輩もいました。
そんな状況を目の当たりにして、「今からそっちの道に入るには遅すぎるのでは…」という不安が大きいです。
そもそも、この閉鎖的な地方で、そのような設計の仕方をしている構造デザイナーがいないんです。
でも、よく考えたら、80歳まで仕事をするとしたらあと45年もあります。遅すぎるということはないのでは…?
まだ間に合うはずと信じて、この道を模索していきたいと思った休日のひと時でした。
まとめ
同年代の知人が凄い実績を積んでいっているのは、遠目ながらに知っていました。
大阪での生活をドロップアウトして地方に戻ってきた引け目で、そういった知人の活躍から怖くて目を逸らしていたんです…
地方でそんな尖ったことをするのは無理だ。そう決めつけて、そちらの世界に飛び込む可能性を自分で否定してきました。
でも、自分にも何かしらできるはず。そう自分を鼓舞して、やれることから挑戦して行きたいと思います。
おまけ
そんなワクワクな夢を抱きつつ、現実は1歳3歳のちびっこギャングたちに振り回される毎日です…泣
夢と現実の乖離がすごい!笑
でも都会だったら、実母も近くにいないので、今みたいにフルタイムで仕事続けるのは私には無理だっただろうなぁと思うと、こちらに戻ってきて結果オーライだと思っています!
家では振り回されつつ、会社では振り回す側(?)で頑張りたいです。