爆弾魔未遂の告白

「自分にしか作れない物語」なんて、本当に存在するのだろうか。

数え切れない程の人間が、これまで追求してきた表現技法。

実際、世の中のあらゆる物語はいくつかの類型によるものだと言われている。ジョルジュ・ポルティの36の劇的境遇、ウラジミール・プロップの31の機能分類。さらに、シンデレラ曲線で有名なカート・ヴォネガットの説を土台にしつつ行われた近年の研究では、「物語の類型は6つ」という結果も提示されている。

こんな世界で、オリジナルを求めることなど無謀なのではないだろうか。

そう嘆く私に、ひとりの男が囁きかける。


私のヨルシカとの出会いは、1年半前。とある喪失に対して深い悲しみを抱いていた時に聴いたのが、「ただ君に晴れ」であった。「どうしようもない喪失感」や「どれだけ経っても諦めきれない大切な存在」を歌うヨルシカの「音楽」はすっと心に馴染み、大きな支えとなっていった。

一方で、「物語」に深く立ち入ることはしなかった。「自分の物語に寄り添う音楽」として、ヨルシカを聴いていたためである。実際の物語に触れてしまうと、自分の感情がぱちん、と弾けてしまいそうで怖かったのだ。

だが、3rdアルバム「盗作」にて、それが覆されることになる。

きっかけは、こちらの記事に掲載された特典小説の試し読みだった。

" バッハの時代で作曲は終わっていると何処ぞの人間が嘯いたそうだが、その通りだとすら思う。
 今この瞬間も、世界中の人間が音楽をしているのだ。たった十二音階のメロディが数オクターブの中でパターン化され、今この瞬間にもメロディとして生み出され続けている。ならばあの名曲も、ラジオに掛かる流行歌も、この洒落たジャズポップすらも、音楽の歴史の何処かで一度は流れたメロディには違いない。"

引用:小説「盗作」

オリジナリティについての問題提起。私が長年もやもやと考え続けているテーマだった。自分の場合は音楽ではなく、小説やブログ等の文章についてだが、このことを考え始めて土壷に嵌ることも珍しくない。また、さまざまなジャンルのクリエイターが「模倣や盗用、オマージュ等の違い」について議論を交わしている姿もしばしば見かけるため、その度にも考えてしまう。「同じ疑念を抱くこの男の行く末を知りたい」と思った私は、初回限定盤を手に取った。

そこに書かれていたのは、
「オリジナリティを否定しながらもそれを望む男の、究極の選択」だった。


※以下、小説「盗作」のネタバレを含みます※

アルバム「盗作」の主人公は、ずばり盗作家。表向きは一流の音楽家であるが、実際は世の中に溢れるあらゆる音楽を再構築することで作曲を行う「音楽泥棒」である。これまでも「春ひさぎ」「盗作」「思想犯」等の収録曲によって彼の一面は語られてきた。特典小説では、何故彼が盗作を始めたのか、彼の望むものは一体何なのかが解き明かされる。

この鍵となるのが、ひとりの少年との出会いである。とあるきっかけで出会った男と少年は、少しずつ交流を重ねていく。

ある日、男の部屋を訪ねた少年は、ひとつの本を手に取る。それは、男が装幀本をくり抜いて作った美術作品。中を開くと全て白紙のページで、中央には四角く穴が空いている。何故このようなものを作ったのかと尋ねる少年に対し、男は語り出す。

"人には誰でも少なからず欠けているものがある"
"俺はその穴の場所がわからなかった。何なのか、何処にあるのか、そもそも何が欠けているのかわからなかった。それでも何かが足りないことだけはわかっていたんだ"

引用:小説「盗作」

しかし、初めてピアノを弾いたときに一瞬「穴」が埋まった感覚を得たことで、今も様々なものづくりをしているのだと男は話す。

まさにこの「穴」が、男を盗作家たらしめるものであった。

男には妻が居た。彼女の演奏する月光ソナタ━━ベートーヴェン作曲ピアノソナタ第14番━━ こそが、彼がピアノを弾くきっかけだった。二人は幸せな日々を過ごしていたが、突然、妻が他界。男は再び巨大な「穴」に苛まれる。

"俺は何も残さずに死ぬのだろうか"
"俺にも欲しい。初めて自分の意思で、自分の価値観で作る創作物が。主張を伴った心で見る景色が。誰も表現したことのない、オリジナルの創作物が"

引用:小説「盗作」

男はこれをきっかけに、自分だけの作品を追い求めることになる。そのための手段が、「盗作」だった。巧妙な「盗作」を繰り返し、一流の音楽家として大成した男は、国際祭典のメインテーマを任されるまでになる。
ここからが本番だった。

"これまでにないチャンスだった。ようやく訪れた、謂わば天啓の瞬間だ"
"世界が注目する祭典だ。そのメインテーマが盗作だったらどうだ。さぞ、綺麗な花火が上がるだろうと思ったよ"

引用:小説「盗作」

男は、自分が「音楽泥棒」であることを曝露したのである。盗作家としての破滅──それこそが彼の「創作」だった。今更オリジナリティのあるものなど生み出せないと悟った彼の、唯一のオリジナル作品。

最初から俺自身の破滅が目的だよ。
それがもう、この穴が満たされる唯一の方法だと知っていた。
だから、俺は盗んだんだ。

引用:小説「盗作」



こうして、物語は幕を閉じる。

まず、今回のアルバムで「爆弾魔」が再録となった理由が、ようやく分かった気がした。既存のアルバムから曲を盗む意味での「盗作」と、男の心情を的確に表した「破壊衝動」。そのどちらもが、今回のアルバムに合致している。

次に、テーマ性に更に厚みが出たな、ということだった。「盗作」というタイトルをはじめて聞いた時、「それはヨルシカでやるべきことなのか?」と疑問に思ったことを覚えている。しかし、これは間違いなくヨルシカの物語だ。様々な新しい要素を盛り込みながらも、喪失感や夏の香りは馨しいままだ。

最後に、新たなテーマをもってしても、再び自分の心に深く潜り込んでくること。最も動揺したのはそのことだった。
オリジナリティが分からなくなってしまった末の、破壊衝動。


私も未だに、「自分だけのもの」が分からない。
様々なものに触れてみても、この手はべたつくばかりで。例え上手く呑み込めたとしても、結局それは他人のものではないだろうか。所詮、盗品の継ぎ接ぎでしかない。
それならいっそ、すべてを破壊してしまいたい。
まっさらな心で綺麗だと感じたものこそ、本当の自分が感じるとびきり美しいものなのでないだろうか。
そのような感情を、ずっと抱いてきた。

そしてもうひとつ、ヨルシカと出会った時から変わらないこと。何故こんなにもオリジナリティを求めてしまうのか。
心の「穴」を埋める方法がそれしかなかったからだ。
ひとつの喪失によって空いた「穴」。私はそれを埋める方法を必死に探した。様々なものに触れた。一時的に楽しいと思うことはたくさんあったが、結局どれも「穴」を埋めるまでには至らなかった。
なにより、「穴」を別の何かで埋めようとする自分自身に一番嫌気が差した。だからまずは、自分自身が変わらなければならない。そのために、自分にしかできないものを追い求め始めた。こうすることでようやく、「穴」が少しずつ満たされていくのを感じることができた。


幸いなことに、失っていたものを取り戻したことで結局この「穴」は正しく埋まった。だが、「オリジナリティを得たい」という気持ちは燻ぶったままだ。男の言うように、オリジナルなものなど今更生み出せないのかもしれない。心の奥の自分が望むように、すべてを壊してまっさらな自分になるしかないのかもしれない。しかし、さまざまなものに触れたことで、何ものにも変え難い存在に出逢うことも確かにあるのだ。だから私は今日も探す。


再びこの道を選んでくれたあなたに、いつかきちんと誇れるように。














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