クィア功利主義
ベンサム研究ジャーナルの Revue d’études benthamiennes の最新25号(2024)は「クィア功利主義」が特集テーマです。
ベンサム全集(The Collected Works of Jeremy Bentham)のうち、セクシュアリティ論を集めた「不規則な性について、そして性的道徳についての他の文章( Of Sexual Irregularities, and Other Writings On Sexual Morality)」が 2014 年に出版されて、このあたりの研究が活発になっているみたい。
特集号の論文はこんな感じ。
① Shanafelt, C. (2024). ‘Queer Utilitarianism’ Today
② Koh, T. Y. (2024). The judgement of pleasure in Bentham’s political thought
③ Koh, J. (2024). Bentham and Effective Altruism
④ Heckman-McKenna, H. (2024). Irregular sexuality; or, the story of a girl in three parts
① は近年の研究の概観。② は個人の欲望を尊重すると同時に、その形成過程を批判する可能性を論じる。③ は功利主義と効果的利他主義の比較。④ は性的アイデンティティのダイナミックな可塑性を論じる。「クィア功利主義」ということだとこの論考が最もそれっぽいか。
①~④どれも短くて、もうちょっとないかな、と思っていたら、この本を教えてもらったので一気読み。
Shanafelt, C. (2022). Uncommon sense: Jeremy Bentham, queer aesthetics, and the politics of liberty. University of Virginia Press.
ときどきの権力者とかの美的・生理的嫌悪感が「常識」「道徳」にすり替わって少数派を抑圧することにベンサムは敏感だったということで、中盤まではそれに代わる「科学的」な思想としての功利主義の解放的意義が確認される。
クィアな話は後半で、4章「ベンサムのクィアなキリスト」は、初期キリスト教は性的な自由や多様性に開かれていたにもかかわらず、パウロ以降、統治の宗教となるにつれて読みが狭められたと(ベンサムはそう解釈していると)論じる。元のキリストこそラディカルだった、というのはパゾリーニの映画「奇跡の丘」っぽいですね。
薄布をまとったネアニスコス青年は誰だったのか、そこでペテロと対比されるのは何なのか、みたいな話は興味深いというか、それこそ人文学みたいなあこがれがあるけれど、まあそんなことを研究するには人生がいくつあっても足りない。
5章は文学作品の解放的な意義が語られる。ベックフォード「ヴァテック」とかシャーロット・スミスの「エメリーン」とか。聖書の読み方とも合わせて、ベンサムによる文学作品の、異性愛規範性をずらすクィア・リーディングを功利主義的な法・政治思想に接続しているのが本書の読みどころ、といった感じで面白かったです。