【パロディ】夢十夜(第十五夜)
こんな夢を見た。
何でもよほど古い事で、室町時代と思われるが、小将棋をして運悪く敗北たために、生擒になって、敵の大将の前に引き据えられた。
その頃の駒はみんな木簡に書かれていた。そうして、みんな質素だった。現代のように、御蔵島産本黄楊の虎斑木地に、水無瀬兼成の筆跡を基にした水無瀬書体で盛上げた特上の駒などない。将棋盤も包丁傷のある俎板に墨を引いただけのものだ。本漆による太刀盛りの本蝋仕上げで、天地柾一枚板の本榧足付き将棋盤などは現代での話である。
敵の大将は、回りを金銀の矢倉で固め、自身は2二の位置に腰をかけていた。その体を見ると、「玉将」と書かれてあった。
自分は虜だから、腰をかける訳に行かない。駒台の上に胡坐をかいていた。
玉将は駒台の自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、捕虜にはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると降参した意味で、死ぬと云うと屈服しないと云う事になる。自分は太子になれば王の代わりにもなれるが生擒になってしまっては降参はできない。自分は一言死ぬと答えた。玉将は駒台にあった自分を持ち上げるとそのまま駒箱にしまいかけた。自分は右の手を楓のように開いて、掌を玉将の方へ向けて、眼の上へ差し上げた。待てと云う相図である。玉将は自分を駒台に戻した。
その頃でも勝ち筋はあった。自分は死ぬ前に一目角を使って矢倉が崩れるところを見たいと云った。玉将は角が取られるまでなら待つと云った。角が取られるまでに矢倉を崩さなければならない。矢倉が崩れても角が働かなければ、自分は駒箱に放り込まれてしまう。
玉将は腰をかけたまま、棒銀を繰り出す。自分は裏返しの太子にされたまま、駒台の上で味方が攻めるのを待っている。局面はだんだん進む。
時々駒がぶつかる音がする。ぶつかるたびに狼狽えたように銀将が斜めに動く。矢倉城の中で、玉将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、取った駒をたくさん駒台の上に置いて行く。しばらくすると、駒台から駒を取り出しぱちぱちと音を立てて指す。暗闇を弾き返すような勇ましい音であった。
この時角は、敵陣に入り込み馬になっていた。馬は敵の飛車をいじめるかと思ったら、自陣にひらりと引き返した。長く白い足で、馬は斜めにいっさんに駆け出した。馬の守りは金銀三枚と言われるように、自陣が見違えるように固くなった。玉将は棒銀転じて馬を攻め始めた。香車を吊り上げ、桂馬が跳ね、立て続けに歩が突き捨てられる。それでも馬は金と連携してしきりなしに玉を守っている。隙を見て敵陣に入り込もうとする。それでもまだ玉将のいる矢倉城まで来られない。機を見て馬は矢倉城の近くに潜り込んだ。
すると9二の香車の上で身を潜めていた飛車が横からさっと滑り込んできた。馬は矢倉の金の斜め前に駒を発矢と刻み込んだ。
飛車がするりと動いた。
馬はあっと云って、逃げようとした。しかし逃げ道に銀将を打たれた。馬は敵の駒台の上に捕らえられてしまった。
馬の跡はいまだに矢倉城に残っている。角を討ち取ったのは飛車である。この馬の跡が矢倉に刻みつけられている間、飛車は醉象である自分の敵である。
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