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【パロディ】夢十夜(第二十夜)

 庄太郎が女に攫われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床に就いていると云って健さんが知らせに来た。
 庄太郎は町内一の将棋好きで、至極善良な居飛車党である。ただ一つの道楽がある。毎度玉をエルモ囲いに囲って、駒組が終わるとすぐに歩を突いて、急戦を仕掛ける。そうしてしきりに攻めている。そのほかにはこれと云うほどの棋風もない。
 相手が飛車を振ってこない時は、わざと悪手を指しすぐに負ける。負け方にはいろいろある。角頭の歩を突きすぐに飛車先から破られたり、原始棒銀に対してまるで無策だったり、時には角頭を金で守らないことすらあった。庄太郎は飛車を振らないなぞすこぶる卑怯だと云っている。将棋は振り飛車に限ると云っている。そのくせ自分は居飛車でエルモ囲いしかしない。
 他人の角換わり腰掛銀をなかなかいいと云って品評する事もある。けれども、かつて角交換をして角換わり戦を指した事がない。全く指さない。エルモ囲いばかり指している。
 ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。そこで丁寧に挨拶をしたら、女は一局指しましょうと云うんで、庄太郎はすぐ相手になった。すると女は、ここではなく別の場所で指しましょう、と云った。
 庄太郎は元来閑人の上に、すこぶる気作な男だから、ではお宅まで参って指しましょうと云って、女といっしょに将棋所を出た。それぎり帰って来なかった。
 いかな庄太郎でも、あんまり呑気過ぎる。只事じゃ無かろうと云って、親類や友達が騒ぎ出していると、七日目の晩になって、ふらりと帰って来た。そこで大勢寄ってたかって、庄さんどこへ行っていたんだいと聞くと、庄太郎は電車へ乗って山へ行ったんだと答えた。
 何でもよほど長い電車に違いない。庄太郎の云うところによると、電車を下りるとすぐと原へ出たそうである。非常に広い原で、どこを見廻しても青い草ばかり生えていた。女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁の天辺へ出た。天辺にはパソコンがあった。その時女が庄太郎に、このぴよ将棋と指して御覧なさいと云った。画面を覗いて見ると、鶏の雛がいた。雛如きに将棋が指せるわけがない。庄太郎は再三辞退した。すると女が、もし思い切って指さなければ雛に憑かれますが好うござんすかと聞いた。庄太郎は雛と雲右衛門が大嫌だった。けれども雛相手に本気を出すなぞ沽券にかかわると思って、やっぱり指すのをを見合せていた。ところへ画面内の雛がぴよと鳴いて初手を指した。庄太郎は仕方なしに、飛車先の歩を突いた。雛はぴよと云いながら、次の手を指した。庄太郎はほっと一と息接いでいるとまた雛が次の手を指してきた。庄太郎はやむをえず指した。雛はぴよと鳴いてまた次の手を指した。雛が振り飛車を指したので庄太郎は居飛車の形になった。するとまたぴよと鳴いて次の手を指した。エルモ囲いを完成させた時庄太郎はふと気がついて、画面を見ると、幾万匹か数え切れぬ雛が、群をなして一直線に、画面を見ている庄太郎を目懸けて鳴いてくる。庄太郎は心から恐縮した。けれども仕方がないから、次の手を一つ一つ丁寧に指していた。不思議な事に一手指しさえすれば雛はころりと谷の底へ落ちて行く。覗いて見ると底の見えない絶壁を、逆さになった雛が行列して落ちて行く。自分がこのくらい多くの雛を谷へ落したかと思うと、庄太郎は我ながら怖くなった。けれども雛はぴよと鳴いて続々くる。黒雲に足が生えて、青草を踏み分けるような勢いで無尽蔵に次の手を指してくる。
 庄太郎は必死の勇をふるって、将棋を七日六晩指した。けれども、とうとう精根が尽きて、頭が蒟蒻のように弱って、しまいに投了してしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。
 健さんは、庄太郎の話をここまでして、だから居飛車ばかり指すのはよくないよと云った。自分ももっともだと思った。けれども健さんは庄太郎のエルモ囲いを真似したいと云っていた。
 庄太郎は助かるまい。エルモは健さんのものだろう。




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